essay

2014/10/20

新国立競技場の基本設計が終わらない原因についての考察Ⅱ

前回、新国立競技場の設計についてなぜか日本のトップがそろっているにもかかわらずなかなかなかなか前に進まない。という話をしました。

話をしてもなぜかなかなか進まないので仕方なく公式のモデル図を見てみたところ、ミヤモトちょっとした問題点を見つけたような気がしました。

 

今回は、その設計的な問題について

ぐぐっ

 

ぐーぐっ

 

ぐーぐるっ

突っ込んでみようと思います。

今回は100%マニアの話です。ごめん。

 

 

では改めて、問題のモデル図を見てみましょう。

Photo_15

 

この絵のMain archtruss)と書いてある主構造に注目してください。
メインアーチとうたってはいますが・・・

 

これ、アーチと言っていいの?なんというか、アーチ風味。

 

アーチというのは元々、組積造いわゆる石積建築のときに窓や入口を開けるための手法。

石というものは曲げや引っ張りは苦手なのですが、圧縮(圧力。押される力)には滅法強いんです。

この性質を利用して、落ちそうな石が隣り合った石を押し合うことで荷重を地面垂直方向に変えて自立させる、というテクニックなのです。

Photo_16

ところがこのザハ案のアーチ、アーチと書いてアーチでないのはライズ(高さ)が低いということによりますが、同時に、ライズが低いけど一応アーチなので、構造的に非常に不利なことが起きています。

それは、巨大なスラストの発生です。

スラストというのはなんというか、氷の上でスケート靴履いて外向きに股を広げたらどんどん脚が広がっていくじゃないですか。あの股が裂けていく力です。いや股が裂けていく力ではないけれど。

あれは荷重に対してライズが低い(=重さに対して脚が短い)為に、本来垂直方向に変えないといけない荷重が横方向に変えられてしまうことで発生する力なのです。

Photo_18

確かにサブのトラスが幾重にも設置され、それなりにスラストが分散するようになっているようですが、これじゃあメインアーチの脚端自体にかかるスラストはそこまで減少していないのではないでしょうか・・・

 

そこでミヤモト、検証のために簡単な実験を行いました。

ティッシュペーパーの箱を切って簡易国立屋根を作り、積雪を想定して荷重をかけてみます。

ぱっと見、自重は支えられるアーチになったように見えますが

Photo_19

 このざまです。これでは積雪に耐えるどころか人が掃除に上っただけで潰れてしまう。

そこで、ミヤモトなりにちょっと細工をしてみました。

Photo_20

 これはタイバーと言われる処理です。

このように、アーチをもたせるには、このスラストに耐えて股裂きにならないように端っこを拘束する必要があるのです。

これをザハ案にも取り入れられないだろうか。

公式に発表されている最新型の模型CGを拝借してみてみました。赤い部分がこのMain archtruss)です。

Photo_21

 

うわ!ダメだ!!これじゃタイバー入れられない!!

 

これわかりますかね?

タイバーを設置するはずのアーチの端っこよりも競技場は1フロア下(地下)にあるんです。

 

断面形状をわかりやすく模式化するとこう。

Photo_22

 

この状態で無理にタイバーを入れようとすると・・・

Photo_23

 

おーー

なんも見えねーww

ただの屋根つきの使えない橋ができたww。

 

一応上から見てみても

Photo_24

空間です。水平部材はない。

次の可能性として基礎梁でスラスト抵抗を負担させるのか?と考えたのですが、アーチ途中から地中に埋めていくと実質の橋のスパンが今まで以上に大きくなり600mを超えてきて、なんだか夢のような規模の基礎梁ができてしまうのでこれもアウト。


Photo_26

 

どうすんじゃい!

 

と思ったら、なんと構造モデル図の説明にとんでもないものが書いてありました。

20


左下、Thrust block foundation

スラスト止め基礎、ってとこでしょうか。

・・・何、この奇跡の部材・・・超怖いんですけど。

しかも垂直方向に打っている・・・

これだけのスパンの横力を非合理にも垂直方向に向かって引き抜きで対処しようというものらしいですが・・・

 

見てください。調べました。国立競技場周辺の地盤データです。

21


地下30mまでいっても全然岩盤とか出てこないんだけど・・・
地下50mとかまでアンカーするつもりなんだろうか。

そもそもが、Thrust block foundationというのは下図の赤丸部のようなものなの(図はエドモントンにあるスパン250mの橋です)

22

 

アーチのスラストを抑えるのが目的なので、当然軸力方向の圧縮と引っ張りに耐えるよう、斜めに打ち込まれているのが分かります。

新国立競技場の今の配置でそれやったら、超ヤバイんですけど。
なぜなら、すぐ近くに都営地下鉄大江戸線が通っているからなんです。

23


地下ホームがちょうど地下30mくらいだから斜めにアンカーするのはかなり危険だと思う。

というかそもそも地盤が、データ見る限りシルトから細砂とかだからまだういろうみたいな状態だと思うんですよね。

このアーチのライズとスパンと敷地断面を模式化してみるとこんな感じです。

24


ドンピシャで駅に当たるんじゃないでしょうか・・・

これじゃあミヤモト職場に行けない。

 

ソチ五輪のメインスタジアムが、同様に日本の巨大トラスアーチをかけていましたがそもそも大きさがザハ国立の半分くらいだからなあ・・・

しかもソチは地盤がいいのか地面に鉄板敷いて直接基礎打ちみたいなのやってましたが、あれ原発工事並みの物凄い鉄筋工事やっていますからね。

 

なんかまあ、こんなんじゃ確かにどこから手をつけていけばいいのかわからなくなる気持ちもわからないではないかな・・・

困るけど・・・

 

ま、ミヤモトがガチの専門家ではないゆえの杞憂であればいいのですが。

 

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2014/10/17

新国立競技場の基本設計がいつまでたっても終わらない原因についての考察Ⅰ

今回は、がっつり建築の話をしたいと思います。

一応よくわからない人が読めるレベルで書きますが、ミヤモト最大の趣味を惜しむことなく絞り出したかなり専門的な記事なので、一読の際はご注意を。できる限り画像たっぷりでお届けしますので記事がもうアレな人は画像だけ楽しんでいってください。

 

 

ミヤモト、このところ国立競技場にはまってるわけです。

旧国立競技場もいいですが、新国立競技場もいいですよね。あの、未来世界的デザイン。外苑方面からのイメージ画像が超ステキ。近代建築の建ち並ぶ夜景が超ステキ。

Photo

ちなみに新宿・千駄ヶ谷方面からのイメージもステキ。外苑がなんだか古臭く見えるけどいいの。

Photo_2

あんまりにも未来世界的なんで、それらしく発射させてみました。

Photo_3

ちなみにネットを探したら、新国立号をGoogleマップに埋め込んだ、というツワモノがいました。

こちらです。

Photo_4

 

しかしどうもあのスターシップ新国立号に納得いかないことがあります。

今回はそんな新国立競技場の、建築的(あるいは設計的)見地からみた謎をお届けします。

 

 

ことの起こりはだいぶ前。

各停をご覧の皆様ならご存知の通り、ミヤモト現在過ぎ去った日を懐かしみながらあたかもここ最近の出来事のようにアップしております。

 

えーーー

2月のことでした。

東京に大雪、降りましたよね。

ミヤモトも仕事から帰ったらアパートの廊下が雪原のようになっていて、キタキツネを呼んでみました)ドアを開けるのに大変苦労しました。

近所の簡易式カースペースは屋根が崩落してしまいました。

ちなみにこちらがその時の模様です。そろそろ秋が近付いてまいりましたがまだ微妙に暑さが残っております。涼んで下さい。

Photo_5玄関前は大雪原。

Photo_8上の階の人のビートル(旧)。ビートルは雪が積もってもかわいいですなあ。

Photo_6車止めにも雪は積もることができるのですねぇ。

画像左端の簡易カースペース(屋根)に注目してください。

Photo_7数時間後。カースペースは降り積もる雪の重みに耐えられず崩れたとさ。

そんな中、ミヤモトこんなニュースをみつけました。

 

2月の大雪なら屋根落ちる? 新国立競技場、設計見直し 
朝日新聞デジタル328

2020年東京五輪・パラリンピックの主会場に予定されている新しい国立競技場の開閉式屋根について、今年2月中旬並みの大雪が降った場合、雪の重さに耐えられず崩落するとの試算が出ていることが26日分かった。日本スポーツ振興センター(JSC)が基本設計を進めており、屋根の素材や可動部の構造などを再検討している。

開閉式屋根はコンサート利用を増やし収益を上げるため、悪天候や騒音対策で設置が決まった。普段は開けておき、コンサートや悪天候時に閉める。「頑丈な屋根でなく、雨の時にさす傘のイメージ」(文部科学省幹部)で、東京ドームの屋根と同じガラス繊維膜材を想定。設置費用は120億円、開閉にかかる電気代は1回1万円としていた。

しかし、関東各地で観測史上最大を記録した2月14~16日の大雪で、東京でも体育館やアーケードなどの屋根が崩落。新国立競技場の屋根も同程度の雪が降った場合、重さに耐えられないとの試算が設計事務所から出たという。文科省の担当者は「2月は想定外の大雪だった」として「東京ドームのように覆いっぱなしなら問題ないが、屋根の可動部に負荷がかかるとのことだった」と説明する。

建築基準法は大規模な建物について、50年に一度の大雪にも耐えられる強度を求めているが、2月の大雪を受け国土交通省は基準を見直す方針。JSCは関係法令にのっとったうえ、設置費用が増えないように見直しを進めるという。(野村周平、阿久津篤史) 

(urlhttp://www.asahi.com/articles/ASG3S61YRG3SUTQP01W.html

 

えっ?

 

何言っちゃってんの?

と、建築関係者なら皆そう思うでしょう。

思うでしょう?ハルさん。

 

というのも、通常設計実務において、設計し終わったけど、その後で雪の重みで耐えられないことが分かる
なんてことは、起きないからです。

 

なぜかというと、
設計というのはその初めに積載荷重というのを考えてから始めるから。

自動車で考えてみたらわかると思うのですが、設計をしてみたけど車が走らないことが分かった…なんて話は聞いたことないですよね。まあ走るように設計するんだから当たり前ですが。

 

料理してみたけど、食べられなかった…

 

まあ…これはあるかも知れないけれども。

 

で、雪の問題なのですが、日本は地震大国というだけでなく、多雨多雪地域でもありますから(厳密には垂直積雪量が1m以上が多雪区域。北海道なんかは当然ほぼ全域1m以上です) 、本来建物にかかる雪の重さにも初めからうるさいんです。

それなのにこの事態。なにかがおかしい。

 

積雪荷重というものは、おおまかに

d(垂直積雪量。要は積もる高さ)×ρ(積雪の単位荷重。雪深1cmごとに20N/㎡が基本だが例外あり)×μb(屋根形状係数。屋根の勾配によって設定される)×X(レベル係数。地域ごとの違いを調整する数値)

で計算します(d・ρについては各市町村ごとに定めた値を適用する)

 

早い話が『1㎡の平面に積もる雪の深さに1㎡あたりの雪の重力20Nをかけて、後は地域ごとに積もりやすさを考慮する』という計算式です。

当然これを計算しないと屋根は材質も厚さも形状も決められません。

 

つまり。


日本に建っている建築物は、基本的に地域ごとの雪量を見込んでから設計を始めているはずなんです。

これはそこらの街の工務店でも当たり前にやってることです。

 

それを普段なんにも報告してこない日本スポーツ振興センター(国立競技場の運営元。以下JSC)が急に
「想定外の積雪に遭遇せり!被害甚大なので設計の見直しを決めました!基本設計提出の遅延許可をされたし!」
みたいな感じで積極的にご報告されているのが不思議でならなかったんです。

都が定めている東京の推定積雪量は、3040cm

垂直積雪量が3040cmくらいでいいってことは、最初の積雪荷重の計算でまったく雪が滑り落ちないと仮定しても深さ1cmあたり20N=600N/㎡。

このNってやつは質量(kg)×9.8m/ss(重力加速度)なので、つまりどのくらいの体重の人が乗ってる想定かというと61.22kg。

 

昔のブリトニー先生くらい?

仮に積雪震度を23倍にしてみても、まあせいぜいデラックスな方一人分がいいとこでしょう。

Photo_9

 

大雪があったとは言っても、都が注文をつけている積雪量は変わっていない(それもどうかと思うが)

それでも設計を見直す。

・・・1㎡あたり、デブ一人も支えられない屋根だったのか?

 

と、謎がどんどん深まるばかりなので改めて新国立競技場の設計案をながめてみました。

 

すると!またまた大変なことが。

 

これが、みなさんご存知新国立競技場計画案のモデルです。

もうでっかい橋と同じ考え方でつくられているという不思議な競技場。世界初の橋梁建築としての競技場です。

Photo_10

 

JSCのサイトでは、新国立競技場に関する進捗状況(既にこの半年間まったく進捗が見られないが)が発表されています。

 

平成25年11月 新国立競技場基本設計条件案策定

http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/shinchokujokyo/20131211_kihonsekkeijokenan.pdf

 

この報告書はけっこう真面目に作られており、これまでの経緯や関与している当事者をその座長名まで明記してあります。
最初から最後まで関わっているのはやはり安藤忠雄ただ一人。

同時に、設計を進めていくための必要部屋数や使用者側の要望なんかも書いてあります。そして、周辺景観についても。
いってみればこの書類が本来のコンペ募集要項となるべきものといってもいいでしょう。なので実際はこの書類が出てから初めて建築の設計を始めたということがわかります。

 

この報告書の2ページ目に「フレームワーク設計を日建設計・日本設計・梓設計・アラップジャパンの4社JVを特定し、5月31日に契約しました。」とあります。

これを聞くと普通の人は「設計」って言葉が付くから
ああ、去年の5月からなんかフレームワークとかいう設計をやってたのね。って思うでしょう。

しかし、私が建築マニアとしてこれを見て思ったのは

 

これ、一体何をやってるんだろう?

 

なんだ?「フレームワーク設計」って?

 

ということです。

「フレームワーク設計」というのはソフトウェア開発の現場では度々聞くと思うんですが、プログラム開発作業の効率化を狙って、頻出処理や基本的な必須記述をいちいち都度作らないで使い回せるようにした枠組みのことです。

建築の現場ではまず聞かない作業概念なんですよ(ミヤモトの建築知識が古すぎるだけかも知れんが)

 

その設計作業をやったと書いてあるんですね。

JSCの新国立競技場に関する進捗状況の記述には以下のように書かれていました。

「フレームワーク設計」では、ザハ・ハディド・アーキテクツのデザイン監修の下、
基本設計を行う前段階として、既に決定しているラグビーワールドカップに加え、オリンピック・パラリンピック競技大会開催を想定しつつ、ザハ・ハディド氏のデザイン案を忠実にかつスポーツ・文化の各WGから出された要望をすべて取り入れた場合の試算をおこないました。

 

…ほう。それが建築界での「フレームワーク設計」なんですね。つまりデザイン側を間に入れて、上の言ってくる要望をこなせるように試算したと。

 

…………

 

……つまりまだ建築設計してないのか!

 

『みんなの要望を集めて、まとまるかどうかを調べました』をやるために何故わざわざ日建・日本設計・梓設計を投入しているんだ?日本建築設計のトップだぞ?

しかもアラップまでもが、そんな準備作業に駆り出している。

 

そんなものはコンペの実行委員会で事前にやっておけ!

 

先生!安藤先生!!

事前にやっておけよ!!

 

何をサボッてたんだ?この人は (ちなみに安藤忠雄は大好きです)

 

しかし。コンペが終わってからそんなことを始め、しかもなお一ヶ月以上が経ってもまだこのレポートに進捗は見られない。

 

なぜなのか。

 

この基本計画に携わっているのが国内トップ集団であり、しかも構造部分はガチで世界最高の建築的頭脳が関わっている。

にも関わらず、基本計画が進まない。もしくは進められない。

 

そこまでイカレた提案なのだろうか。ザハのあの未来世界の橋は。

 

 

と思ったところで一つ。思い当ったことがありました。

ミヤモト、なんだか似た話を聞いたことがあるんです。

 

実は、シドニーのオペラハウスのときにもそんな話はあったんです。

当時、原案者ウッツォンのアホな絵は実現可能なのか、という問題が持ち上がり、いったん計画が止まりました。

確かに一見殴り書きのように見えますがウッツォン自身はしっかりした構造イメージは持っていて、試作した模型の案にも一定の合理性はあったのです。

Photo_11

Photo_12

こちら試作模型をめぐる当時の様子。

その可能性を見抜いたのが、審査員長のエーロ・サーリネン。あのチューリップチェアでおなじみのサーリネンです。

Photo_13

サーリネン先生が「イケるぜ!だいじょぶ!やろう!俺が責任持つ!」って言ったから、あの奇跡の世界遺産ができたんです。

それが今回の審査委員長安藤先生、ザハの案について「大丈夫や!やろうや!」までは元気よく言いますが「責任を持つ!」は言ってくれません。

むしろ「わしは・・・見た目のことしか・・・わからへんし・・・」と声が小さい。超歯切れ悪い。

さらに「わし構造とか・・・わからんし・・・」とか全然戦ってない感じ。超逃げ腰。

 

なんかまあ、進まないのも仕方がない。仕方がないから例のモデル図をもう一回見てみました。

Photo_14


すると・・・

 

おや?

 

ちょっとこれは・・・

 

ミヤモト、大問題発見してしまったかもしれぬ。

 

これは・・・こまったなあ・・・

今回もう書きすぎてるからなあ(←爆)

 

 

ということで、続きは次回へ。

 

 

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2012/09/10

IT時代、効率を選ぶか、手間を選ぶか

映画を見るのはいいんですが、チケット購入時に受付の人に自分が見るタイトルを発表するのがちょっと恥ずかしい。

どーもこんにちは。ミヤモトです。

ここでいきなり「どーもこんにちは。川島です」とかって出てきたら面白いですかね。

だれかミヤモトの安否を気にしてくれたりしますかね?

まあそんなことはどうでもいいんですが。

みなさん、『CAPTCHA』というのをご存知ですか?

ブログにコメントを残す際や、オンラインサービス利用の際なんかに入力を求められる

001

こんな、なんというか数字とかアルファベットがくにゃくにゃっと書いてあるアイツです。

このCAPTCHA、いわゆるspam業者(迷惑メールや、悪質な検索エンジン最適化を行ってお金を稼ぐ人たち)が、自分の仕事のためにウェブメールなどのアカウントを大量取得しようと、システムを(違法に)使って何千何万というアカウントを自動登録しようとするのを防ぐために、明らかに人間がユーザー登録をしようとしてるのだということを余儀なくするためのもの。

だから「人間にはなんとか読めるけど機械に読ませようとすると難しい文字」なんですね。

ミヤモトは、昔からこれがまああびっくりするくらい読めない。

先日、仕事上必要に迫られて(この辺の話は追々します)大量にgoogleアカウントを取得することになったんですが、

アカウント1個とるのに15分!

googleの人間がまさかの15分!

ボク、アメリカのショウガッコウトカニイッタホウガイイノカモシレナイ・・・

と、本気で思いました。

上の例くらいならまだいいんですが、

002

これとか(左がわからない)

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コレとか(左)

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これとか(微妙にわからない)

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これとか(もう両方わからない)

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これも。右の「d」の前の文字は何なの?読めたとしてこれホントに入力するやつなの?

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あとこれ。いまだにほんっとにわからない。誰か右読める人教えてください。

なんでこんなに読めない字を使うんだっっ!!

何で誰も文句を言わないんだっっ!!

・・・ミヤモトだけか?

・・・読めないのミヤモトだけか?

ボク、アメリカノショウガッコウ(以下略)

と、思っていたら。

なんと海外でも似たようなサイトの被害に遭っている似たような人がたくさんいた模様で、

「CAPTCHA 読めない」とかで検索するとごっそり出てきました。

ていうか検索結果に載せるくらいなら改善しろよgoogle先生。

ちなみに海外のドイヒーたちがどんなかというと

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こんな。

「wikipedia」と書いてあるようですが、よく見ると「431」という数字も見て取れます。

いったいどちらが正解なんでしょうか。。。

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あとこのあたりは若干“定番”のにおいすらしますが、

mとnをつなげて書くと読めなくなっちゃう日本人の心理をうまく突いてますね。海外サイトだけど。

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これはひどいねええ。

正解が紹介されてるのに読み取れない。

なんて書いてあるかわかってるのに、どこに書いてあるかわからない。

011

これもひどいねええ。

まず文字数多すぎるもの。

あとアルファベットじゃないし。どこの国だよコレ的な(ただ『入力してください』は英語…)。

012

薄いよ

薄い。

根暗じゃないんだから。文字通り影が薄いから。

あと読み取り系で一番ひどいのがこちら。

013

これで 視力落ちたらホント訴えるからね。

本気だからねっ!

他にも海外に多い解読系だとこんなのがありました。

014

たぶんこれ解読したら悪魔とか復活するやつだと思う。

this HEY! じゃねえっ!!

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いやホームズじゃねえんだから。

楽しいけど。絶対わかるし。

016

いやガリレオじゃねえんだから。

ていうかさらっと文系を敵に回すなよ。

ちなみにこれホントにキーボードで打てる答えになるの?

と、なんだかもう素人の面白いこと言い合いみたいなテンションで迷惑の幕の内弁当的な盛り上がりでした。

そんな中、調べていたらスバラシキ救世主が!!

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「子猫は何匹見えますか?」 (スパムシステムには子猫は見えないようになってます)

というもの。

これ、すごいんじゃない?

世に拡散すれば

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「いくら?」

とか、

019

「おねえちゃん何人?」

とかでもいけるわけで(脚何本?とかでも面白いかも)。

まあ、最終的に回答がいつも数字だと、1~100くらいの数字を入れるプログラムを作るのは簡単だとは思うので、現実的にはもうちょっと複雑な仕組みが必要になりそうですが、どうせなら遊びの入った認証方法の発明を期待したいところですね。

なんせ今からアメリカの小学校行くのは嫌なので。

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2011/07/15

ホワイティング、ではないんですね



NHKのスポーツ番組でキャスターを務めている、山岸舞彩という人(どうやらセントフォースの人らしい)がとてつもなく美人!

なんですが、番組を見ているうちに、一緒に出ている松尾剛という局アナがそうとうカッコイイことに気づきました。年をとったらああいうオジサンになりたい。





虫歯になる人は年中なっているが、虫歯にならない人はちっともならない。

これは虫歯の原因となるストレプトコッカス・ミュータンス菌という菌が、そもそも小児期限定・口腔感染限定で感染するという性質を持っているからであり、つまり虫歯というのは幼少時にパパのチューやママのチューでのみ伝染されるという特性をもっているためである。

小さなころに親に愛された子は口の中に虫歯菌を持ち、愛されなかった子は虫歯とは無縁の生活を送るわけです。


そして、歯科医院が苦手になるのは往々にして虫歯になる人ばかりである。


そして、私は虫歯派である。

虫歯派の常として、歯科医院は苦手である。


何が苦手って、痛くて痛くて痛いのが大変苦手なのだ。歯が痛いのよりも、歯を治療するときの痛みが、大変苦手なのだ。

苦手なのだが、二年ほど前、私はそれまで放置していた歯の痛みがたまらんことになってしまい、食事もままならなくなってしまったので泣く泣く歯科医院に行った。

するとなんということだろう。上の親知らずが二本ともその形を失っていた。そして診断されるやすわ!いざ!と、そのうち一本を抜かれた。あげく、虫歯が7本見つかった。

歯が痛いので見てもらおうというつもりで行ったのに(ほんとに見てもらうだけ)、その場でいきなり3時間かけて歯を抜かれた。

抜かれた瞬間、「もう二度と行かない」と心に固く誓った。


先日、ひょんなことから歯科医の方に会い、あんまり素敵な先生だったのでいつぞやの決意を翻し彼女の医院にお邪魔した。果たして虫歯は五本あった。


この先生の治療は驚くほどやさしく、常に素敵な笑顔を向けたまま抜歯を行い、一時間もかからずに虫歯を治療した。何が違うのかまったくわからないが、二年前のあの治療はなんだったのかと不思議な思いである。


さて、この素敵な先生のいる医院は、虫歯治療のみでなく審美治療やホワイトニングでもちょっと有名らしい。

私は元来、歯を美しく保つことに興味がないのだが、最近は女性誌の特集でも好みの男子は歯がきれいな人!などと言われているようだし、とパンフレットを見ているうちに、一回くらいならやってみようかなー、という気になった。

先生もお試しでやってくれるというので。


ホワイトニングをするにあたって、どのくらい白くしたいかといった希望を伝えるアンケートに答えるのだが、その質問に『たとえば、新庄選手のような白さ、など』と、いちいち例がつけ加えてあるのがちょっと面白かった。あの人の歯の白さは、なんというか、万人の物差足りうるのである。

新庄選手ほどは白くならなくてもよかったので、アンケートには「そこまでは……」と書いた。


何しろ初体験なので、薬品が歯にしみるのではないかとか、なぜかとてつもなく痛いのではないかとか色々心配だったが実際はまったくそんなことはなかった。

時折、歯を木槌でごく軽くかちーんとたたかれたような痛みはあったが、そのくらいの痛みは充分耐えられる。


施術は一時間ほどで終了。さっきの「木槌でかちーん」が施術後二十四時間、たまにおきるかもしれないとの説明を聞く。料金は本来なら三万円ほどだそう。


若干違和感を覚えるものの、やはり白い歯は気分がよく、私は歯科医院の待合室の鏡でも、駅にある鏡でも、うにーっとやって具合を確認した。


なにせ、歯が白い。

ホワイトニングをしたのだから当たり前なのだが、しかし自分の歯が白いのを見たことは未だかつてなかったわけで、ついつい鏡の前でうにーっとせずににはいられないのである。結局その日は人に会う度に「うにーっ」をやってみせた。

歯って、普段は隠れているものだからあまり意識したことはなく、まして歯の色が見かけに影響を与えることなんてなかろう、と私は思っていたのだが、しかし実際白くなって見ると笑ったときの表情が格段に明るくなる。


問題が一つあった。


ホワイトニング後は、二十四時間禁煙なのである。

そりゃあそうだ。せっかく掃除をしたばかりの部屋でパイ投げをするようなものだからなっ。

このホワイトニング、期間をおいて数回行うとますます歯は綺麗になって白さも継続するという。

そうは言ってもタバコをやめるわけにはいかない。せっかく一年ぶりに解禁し、思う存分毒の味を満喫しているのだ。

なによりこのまま仕事をするわけにはいかない。うっかり禁煙を始めて仕事を始めようものなら、一時間後には我慢が限界を超え、二時間後には息切れを起こし、三時間後には全身が変な汗をかき始め、五時間後には脳内を真っ白な鳩が舞い、十時間後には外で雷鳴が鳴り渡り、二十時間後には大地が割れ、翌日を迎えるころには天から羽毛が降ってきて、争っていた兵士たちは互いに銃を降ろすのだ。


そんなわけで、私は二十四時間を待たずして喫煙を開始し、タバコに含まれた11ミリのタールはすぐさまステインとなって歯に吸着し、先生に無料体験させてもらったホワイトニングをあっという間になかったことにしてくれた。


いつか、きっといつか、仕事がまったくない時がきたら、あらためて禁煙とホワイトニングを同時に挑戦してみたいと思うが、果たしてそんな時がくるだろうか。

いや、きたらきたでそれも困るが。

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2011/06/19

はじめに、エラーありき



ここに書くことが思いつかずついに15分経ってしまった





どういう巡り合わせか知らないが、このところ私の身の回りのモノが次々と壊れる。

正確には私と私の近しい人間の身の回りのモノが、だが、QuickTimeでmp4が再生できなかったり、iPod touchに同期したメールアカウントが受信しないメールがあったり、とある家の冷蔵庫も販売店を通じて「同型機種に不具合が見つかったので修理したい」旨の連絡が入った。何も異常はないのでほうっておきたいが、ほうっておくと壊れるという。

予告された以上ほうっておくとこちらの責任になるので修理に応じないわけにはいかない。

冷蔵庫の中を見られることになるので、いつ片付けようと段取りをつけていると、今度はパソコンのキーボードが突然動かなくなった。


一体、なんなのか。


苛立った私はすぐさまキーボードのメーカーに問い合わせを試みた。

パソコンに別のキーボードを接続し、インターネットでメーカーの窓口を検索すると『営業時間 月~金の9:00~18:00』の表記。

一体この営業時間内に誰が電話をするのだろうか。仕事をする気があるんだろうか。


ともあれ他に方法がないため、このためだけになんとか時間を作り電話をするとオペレーターはあっさり「寿命です」という。

購入して2年も経っていないので、それはおかしいと主張すると「保障は1年です」。


どうやら内部のパーツに寿命があり、トータルで動作を保障できるのが1年が限界、ということらしいが私は絶句した。

故障ならメーカーの責任だが、寿命となるとキーボードは天寿をまっとうしたことになり、そうなるとお悔やみを申し上げねばならない。


呆然とした私はキーボードを撫でながらしばし考えた。


機械というは、正常に働いているときは、ただの機能をもった無機物でしかない。

ところがこうして異常が発生すると思わず撫でてみたり、「おい、どうした?」と話しかけてしまう。

無機物であるはずのモノが意思を持っているような気がしてくるのである。日頃の手荒な扱いや八つ当たりに怒ったり、意地悪をしているような。モノが故障によって生き物に変わるのである。


ピーノ・アプリーレによれば、私たちがこうして生きているのも、元をただせば故障、つまりエラーのおかげである。


通常受精とは、何億匹の中で競争に勝った精子が卵子の膜を打ち破って成就するとされているが、実はそうではないらしい。卵子の中に1ヶ所、エラー(不完全な部分)があり、たまたまそこにいた精子が中に入って受精する、というのが近年わかった真実だそうだ。


生命とは、エラーの産物なのである。


そして、進化もまた然り。

DNAの完全コピーを繰り返しているだけでは、生物界はアメーバのまま。複写とエラーを積み重ねてきたからこそ、進化が起こり私たち人間も今ここにいる。

カトリックの国イタリア出身のピーノの聖書解釈によると、神に禁じられていた果実をイヴが食べてエデンを追放されることから人間の歴史が始まったのも、「エラーを犯さねば、何も始まらない」という神の啓示なのだという。


言われてみれば、日本の古事記も冒頭いきなりイザナギとイザナミの子作り失敗が記されている。

行為の際どちらが先に「ああ、いい男(女)」と言うべきかと思い悩むところから、日本人の歴史は幕を開けるのだ。古今東西、完璧なままでは何もうまれないのである。


冷蔵庫のエラーは、ユーザーの一人が庫内で大量の水をこぼし、その結果電気系統のエラーが発覚したらしい。たった1件のエラーのために、メーカーは同型の冷蔵庫すべてを巡回修理しているのだった。

「大変ですね」と、修理に来た山岡さん(仮名)に同情すると、彼は毅然とこう言った。


「私たちは、皆さんに安心してお使いいただいたいのです」


その真摯な姿勢にお茶でも出さねばと慌てているうちに修理は終わった。

「これで大丈夫ですね」と念を押すと山岡さん、

「はい。中で大量に水をこぼしたりしなければ」


結局壊れる危険性は変わらない気がしたが、ともあれエラーは修復した。限られた寿命を脅かすエラーを排除できた達成感、安堵感に包まれ、私たちはやはり冷蔵庫を愛しそうに撫でた。


我が身を振り返れば、仕事であれプライベートであれ、失敗したときほど「生きている」ことを痛感するものである。私たちはきっと、エラーなしでは生きてゆけないよう、プログラムされているのである。


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2011/03/16

Shallow Sleep



ものすごい転機が訪れました。

今はとにかく大切にしたいと思います。





どーも!!

こんにちは!!


ミヤモトです!

まさかの2月更新ナシという新記録を樹立しました。

自分にダメ金メダルです。



ごめん。

一回忙しくなって後回しにしていたらついつい、ね。


なんだか年末から仕事やら旅行やらでバタバタしていて、撮り溜めた写真を年始からがっつりアップする予定だったのですが、

そんなこんなでもう春ですのでまあ折を見てまたお披露目することにします。



世間は今、大揺れですね。

かくいうミヤモトの住む町府中でも相当の震度を記録したようで、

TVの上に積んであったビデオテープは崩れ落ち、山積みになっていた切抜きは部屋中にどしゃあと散乱し、大事なドムが本棚から落ちていました。。。

まるで乱交でもしたかのよう。



とはいえ、生まれて初めて体験するかなりの揺れにミヤモトかなりビビりました。

数分後に震源が東北にあることを知り、現場はこんなものではないことを想像すると一切笑う気はなくなりました。

ミヤモトの周りでもパニックを起こして大騒ぎしている人も多くいますが、被害に遭われた方の混乱を思うと何もしていない自分に少し、罪悪感を感じます。




とはいえ、ひねくれたミヤモトですので、

あまりここでその話題を引っ張るつもりはありません。すまん。

こういうのはまあ、不特定多数に向けて発信するのも軽率だしねっ。

で、

ミヤモトしばらく放置プレイを楽しんでいた各停に手をつけると共に、

ここ何年か使用していなかったフリーメールがあったことをふと思い出して、数年ぶりにログインしたところ(ログインできるのもどうなのかと思うが)、
アカウントがハッキングされているらしく、履歴を見ると一日20通くらいのスパムが
ミヤモトのアドレスから送信されていることになっていました。

「Hi! Ronald!」とか、「Hi! Cassandra!」とか、「Hi! Derec!」とか、国籍性別お構いなしの無差別大量送信。

内容は

  ハイ!ロナルド!
  覚えてる??

  コピーファイルが必要だって言ってたから送るわね。
  ヒマがあったら、また連絡して!待ってる!

…的なものです。全て。完全に勘違いしています。

勘違いしているんですが、中の人との社交性のレベルが違いすぎて、
いっそこのバーチャル人格に日々のメール管理をお任せしたいです。

ただ、大変申し訳ないのは、ロナルド氏から実際に返信が来てしまっていたことです。

  やあ。 君が誰だかわからないけど、
  もし僕にできることがあったらいつでも連絡して。

   cell (XX-XXXXX-XXXXX)

ロナルド!!スパムスパム!!
早速携帯番号を伝えてくるあたり、ロナルドの孤独の深刻さが滲みでています。

おとこで、すみません。こんなわたしで、すみません。

バーチャル悪女気分も堪能できたので、そろそろちゃんと対応しようと思います。

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2010/11/05

取扱説明書が、読めません。



>あっちゃん

忘年会を企画しました。近日中に遣いの者が行くと思います。





私の父は、五十台半ばから世の中についていくことを諦めた。ビデオの操作もできなかったし、社用の携帯電話を手に入れたときも、ドラえもんの道具くらいにしか思っていなかった。

私はそれをずっと、彼はもうおじいちゃんだから仕方がないのだ、と思ってみていた。

おじいちゃんは、自分の興味の範囲外はないものにする。新発売の電気髭剃りは瞬く間に使いこなすしカーナビの操作もいちはやくマスターするが、携帯電話は活用しない。図表はノートに罫線を手書きして作成する。

年をとるということは、自分というものの入り口を極端に狭めていくことなのだ、と私は納得した。

その入り口からは興味のあるものしか入れない。時代に乗り遅れようが、どんなに不便を強いられようが、興味のないものに入り口は決して開かれない。


さて、今私は「おじいさん化」について考えている。

私は父を年齢によっておじいさんだと決めつけたけれど、考えてみれば私自身が子供の頃から既におじいさんであった。世の中についていくことを、ハナから諦めているという点で。


では世の中とは何か。

私にとってそれは取扱説明書である。

取扱説明書は、世の中の象徴みたいなものだと私は思っている。

パソコンを買う。携帯電話を買う。デジカメを買う。組み立ての必要な棚を買う。なんと多くのものに取扱説明書がついていることか。ことに、パソコンや携帯電話、昨今出回っている機器の取説はぎょっとするほど分厚い。一体どんな宝のありかが書いてあるのかと思うほど分厚い。


何か新しい商品を買ったとき、たいていの人はわくわくする。新商品の入った袋を、あるいは配送されてきた梱包をわくわくしながら開く。ぴかぴかの中身を取り出す。その後の行動はぴっちり二パターンに分かれる。

まず取説を手に取る人とまず商品を手に取る人と、である。

私は完全に後者である。「わーい、わーい」と新しいものを手に取り、すぐに使おうとする。なにせ、電源を入れる、切る、程度の動作ならモノに関わらず取説など必要ない。しかし、その先必ず頓挫する瞬間が待っている。頓挫した後の行動も、ぴっちり二パターンに分かれる。しぶしぶ取説を開き、新機能を覚えようとする人と、ぜっったいに取説を開かず、電源入れる、電源切るでいーやべつに、と開き直る人である。そして私は、ここでもやはり後者である。

もうぜったいのぜったいに取扱説明書を開かない。

そんなもの見なくたって平気、というわけではない。

開いたところで、読めないのだ。

私はもう、悲しくなるくらい取説を読めない。書かれているのは日本語なのに、意味が全く頭に入ってこない。ラテン語を眺めているのとおんなじことになってしまう。


私の携帯電話は、わりと新しいものである。

新しいといっても2年くらい前のモデルなのだが、今やみんなが持っているiPhoneを始めとするスマートフォンが出る、本当に直前に出た過渡期の機種。

過渡期の機種なので、折りたたまない。タッチパネル。ブランド品。

古いものが使えなくなった時に買いに行ったところ薦められたのがこの機種で、説明を聞いているうちにぼうっとなって買っただけなのだが、それでも最終型非スマートフォンだからすごいのである。

音楽も聴けるし、迷子になったらナビ機能がついているし、テレビを見たりそのための番組表を見たり、ビジネスファイルも見られるらしい。ただし、その全て、何をどうしたらできるのか、私は何も知らない。音楽がどこに入っているのかも、どこの衛星が私をキャッチしてナビしてくれるのかもわからない。私の携帯電話は、準最新型でありながらメールのできるトランシーバーくらいにしか機能していない。

説明書を読めばいいのである。だって音楽聴いたりナビシステム使ったりしたいもん。実際、過去何度か「よっしゃー」と自分に暗示をかけて分厚い取説を手に取ってみた。

でもだめでした。読めませんでした。


全く不思議なことに、この難解な取説を、全く苦にしない人々というものが存在する。私の見知った限りでは理系男子、もしくは理系男子的な脳みそを持った女子に多い。彼らはわくわくと新商品の梱包を解くと、真っ先に取説を手に取る。まるで待ちに待っていた連載漫画を開くように、「ふんふん、ふーん、ふん」などとまるで鼻歌を歌うように納得の声を上げながらそのページを消化していく。そしてやおら機器の電源を入れ、そんな機能初めて見るわい、というような超上級者向け操作を難なく始めたりする。

そうして彼らは決まって、取説に触れもせず四苦八苦して商品と格闘してる私を「あらまあ、また人里に猿が下りてきたわ」という目で、ちらーんと見るのである。


商品にしてみれば、最大限に使われてこそ幸福な生涯だろう。私の手元に来る品々は、みな才能を発揮できないかわいそうなものたちなのだ。私はそれを重々承知しており、だから取説が読めないと分かっていてもそれらを捨てることはしない。部屋の一角には「取説コーナー」がきちんと設けられていて、ときたま、数年に一度、思い出したようにそれらを手にとって、何度目かのラテン語の解読に励んでみたりする。

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2010/07/07

女性の顔は、マナーを超える

大変だ!!ベーシック心理学、ありません。
恐らく大学を出るときにサークル室に寄贈してきたものと思われます。

先日、電車に乗っていたとき。

ミヤモトの正面に座る女性が突然、涙を流し始めた。宙を見つめる彼女の目から、ぼろぼろと涙が頬をつたっていく。
誰かとお別れしたのかな、と同情するミヤモト。
普段は気丈に振舞いながらもふとした瞬間に悲しみに襲われたりするのでしょう。ミヤモトにも経験がある。

ともあれ、あまり見つめては失礼なので、さりげなく窓の外の景色に視線を映し、そしてまたなんとなく気になって再び彼女を見たとき、驚愕した。

般若のような顔で口元を吊り上げ、口紅を塗っていたのだ。

「見たなっ」と言わんばかりに。

もう数年、携帯電話の使用や飲食など、電車内でのマナーの低下が叫ばれて長い。
女性の化粧もその一つとされていて、ミヤモトも一瞬「ありえん」と思ったのだが、彼女の「般若顔」を見ているうち、これはもはやマナーを超越しているなっ、と思い知らされた。

まあ誰かと会うためなのだろう。彼女は電車に揺られながらも口紅を塗り、アイラインを引き、最後にはマスカラまでつけた。
ミヤモトは化粧をしたことはないが、恐らくその芸当はよほど精神が集中していないとできないものと見た。
にもかかわらず、まああその見事な手際のよさ。そして鏡を見つめる目。

これは仏教でいう所の『三昧』の境地に近い。

彼女が化粧をしているのではなく、彼女自体が化粧という行為そのものになりきっている。
およそ邪念がないのだ。

化粧三昧を終えた彼女はその後、何事もなかったように席を立ち、涼しげに下車していった。当然目の前のミヤモトなど眼中にない。
マナーはあくまで世間のマナーでしょ、と、般若は諭しているようだった。

昔、一瞬知り合った美容整形医に会うためクリニックにお邪魔したときも、女性たちの顔に大変な感銘を受けた。
もうすぐ終わるから、とクリニックの待合室に座っていたのだが、そこにいる女性たちの、「これから手術を受ける人」というのは一発で分かる。

彼女たちは要するに、『手術前』という顔をしているのだ。
手術の前、ではなく「手術前の顔」。もう完全に、内面からなりきっている。
そうなってくると、こちらとしてももはや、二重の手術をする人はまぶたのぽってり感を強調しているように見えるし、あごの手術をする人はあごをしかめて暗い表情を作っているように見える。
ちらっと目が合おうものなら「気休めはいらんねん!ブスって言いや!!」という顔を突きつけてくるのだ。
今のままでも別に問題ないのでは?などという決まり文句を差し出した日には「こんの偽善者が!!」と返されそうで、黙って下を向くしかない。

美容整形のルーツは、実は第一次世界大戦まで遡る。

当時の戦争は塹壕戦。兵士たちはヘルメットで頭を守り、塹壕の中に身を隠した。
そして砲撃をおこなった後、敵陣が崩れたのを確認し一気に攻め込む。
頭と身は守られているので、怪我をするのは顔面ばかり。
故に戦場には外科医が動員され、顔面治療に従事した。
その修復技術が美容整形の始まりとされている。
つまり男性兵士のつぶれた顔面を素材に発達した技術が、女性の美に奉仕しているのだ。

嘘のようだがホントの話だ。

歴史を紐解けば顔面の修復から始まった美容整形だが、女性の美意識はいまやその概念が大きく二つに分かれている気がする。

欧米やタイなどによく見るオープンスタイルでは「私、手術でこんなにキレイになりました!見て見て!!」と、顔の改造を追及する。
整形によってNo1の美女を目指すのである。
中国では整形美女コンテストなどというものが開催されているし、日本でも「言うよね~」とかいう人なんかがこれを代表している。
事実、前述の美容整形医も「何度もやり直しを求める患者が多い」と言っていた。
美人になりたくて整形する人というのは、例えば目を大きくしたいと思ったら徹底的に大きくならないと気が済まない、ということらしい。

一方、日本なんかではその奥ゆかしさが整形文化にも出ている気がする。
つまり、「あれ、なんかキレイになってない?」「ん?化粧のせいでしょ」と言い張れるような、微妙な整形。
要するに、「ポテンシャルが開放されれば元々キレイなのよ、私」とシラを切れる整形。
おかげで日本ではプチ整形と呼ばれる繊細な手術が進化したのだ。
主演賞よりも助演賞、No1よりもNo2、バラよりもカスミソウ。そんな日本の文化が産んだ、緻密な戦略の産物だ。

整形してもしなくても、「元々美しい」日本人。これはもう宿命なので、男はただため息をつくしかないのだ。

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2010/06/21

本当は、行きたくない

各駅停車DX、細々と更新し皆様にご覧いただいておりますが、
5/8更新の「ひつまぶし」という記事が異常に高いアクセス数を叩いております。ありがたいことです。
そんなつもりで書いたものではないんですが…なんか、すみません。

学生時代の友人はほぼ結婚し、残っているのはミヤモトとハルさんのみとなりました。

そのうち半分以上は神奈川県に移り住みました。

在学当時からいろいろ面倒をかけていた、横浜市内在住のメガネさん家には、
長男が生まれたタイミングで自宅に乗り込み、ダイソンの掃除機を買い与えてやりました。

長男も結構大きくなったことでしょう。
次に行ったらミヤモトの顔と名前を覚えられるかもしれません。

そろそろ、またwiiをやりに顔を見に行こうかと考えています。

ただ、

ほんとうは、行きたくない。

ミヤモトが幼き頃、我が家には不定期的に謎のおっさん(今思うとそんなに老けてはいないはずだが当時はどう考えてもおっさんだった)が現れることがありました。

たしか、タカオというおっさんです。
たしか、タカオはミヤモトパパの友人だったと思います。
たしか、タカオはミヤモトママの知り合いでもあったようです。

タカオは、初台にある寿司屋の息子で(昔は違うところにあった気がする。その後初台に店舗を移し、その後つぶれた)、
その寿司屋にはたまに家族でご馳走をいただきに行っていたのですが、そのとき店にタカオがいることはありませんでした。
というか、ミヤモト家の誰もがタカオがその店にいるところを見たことはありませんでした。
店の大将(タカオの父。そもそもこの人がミヤモトパパの知り合いだったのだと思う)の話を記憶している限りでは、
タカオは寿司職人として根性がなさ過ぎて、修行を途中で投げ出して大将に見切りをつけられていた気がします。

タカオは、本当にある日、本当にふらっと我が家にやってきていました。
そして、かるーくミヤモトたち兄弟をからかった(実際は子供の扱いが分からないらしく、遊んでもらってるんだかなんだか分からなかったのですが)後、
当たり前のように夕飯を一緒にとります。

そして決まって夕食をとる過程で、ミヤモトパパがタカオに事情を問いただすのです。
お前、何しに来たんだ、と。

そして、大抵の場合、タカオはオンナ絡みで行くところがなくなり我が家に来た、と答えていました。
たしか、タカオは3回は離婚していたような記憶があります。しかも、一瞬の結婚生活を3回。
そんなタカオに、ミヤモトママが「あんたそんなんだからあかんねん」みたいなことを苦笑いで突っ込んでいました。
深刻すぎる空気に耐えられなかったのだと思います。

そして、タカオはそのまま居間で眠りにつきます。

ミヤモト少年は、翌日起きてから、タカオが布団で安らいでいるのを見てその事実を知ります。
ミヤモト少年はミヤモトママに尋ねます。

「タカオ、泊まったの?まだ寝てっけど」と。

ミヤモトママは若干やりづらそうな顔で、ミヤモトに「ヤツを起こせ」と命じます。
事情のある友人を泊めた手前、起こしづらいのでミヤモト少年をダシに起こさせるわけです。

ややあって、自宅で寝たかのごとくの寝ぼけまなこを伴い起床した後、タカオはミヤモトママになにごとかを唱え、我が家を後にします。

そして、運がいいとそのまま自宅に帰ります。

運が悪いと、どこかで時間をつぶした後、夕方頃にまた、ミヤモト邸へ戻ってきます。
そしてまた、当たり前のように夕食を一緒に摂ります。

たしか、最長で3泊くらいしたことがあったと思います。
3日目の夜にはいい加減ミヤモトパパが半ギレし、結構な空気になっていました。

この空気をもって、ミヤモト少年は悟るのです。

「こいつ、遊びに来たわけではないなっ」と。

ミヤモトが、小学校に入ったくらいから、中学出るくらいまで続いていたと思います。

今でも、当時のタカオの、人としてのあの感じは忘れません。
今でも、ミヤモトの心にタカオは生き続けています。

そんななので(特に小さい)子供のいる友人の家には、ほんとうは、行きたくない。

別にミヤモトは泊まっていくつもりは一切ありませんが、
突然遊びに行ってそのまま食事をし、酒を飲み、そして酔っ払った大人の感じを出していくのは
ミヤモトの中のタカオの姿を彷彿とさせ、そんな姿を子供が見ているのかと思うと、
生まれて数年のなるお(仮名)に土下座せんといかん思いに駆られるのです。

そして、そんな時、嫁がいればいいのになあ、と思うのです。
嫁がいれば、二人で遊びに行くことによってなんとなく大人の夫婦同士が語らう場としての成立を余儀なくされ、
そこに子供が余計なことを感じる隙を与えない気がするのになあ、と思うのです。

ただ、そんなアクセサリー的な考えで嫁を欲しがるから、嫁が来ないのだろうなあ、とも思います。

ミヤモトもハルさんも、まだもう少しは残りものでいるのだと思います。

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2010/06/03

日本人のしらない日本語

秋葉原に、「声優のたまご」という店があります。

声優を目指す女の子たちが働く飲食店で、新潟産コシヒカリに烏骨鶏の卵をかけて食べる、すごくおいしい「たまごかけごはん」を出すのですが、店内では女の子たちのライブ的なものも催されます。

歌声がガチで声優過ぎてビビります。

突然ですが、

Photo

この漢字、読めますか?

『今』っぽいけど何か違う…

正解は、『陰』の字の古語です。

漢字は、文部科学省によって一般的な社会生活における使用の目安として常用漢字が定められています。

そのほかの、普段日本人が知っていて困らないぐらいの字数と合わせて大体5000文字アンダー(常用漢字の数は現在モメている最中なのではっきりしない)といわれています。

パソコンなんかで普及している、JISの文字コード規格ではおよそ1万字ほどだそうですが世の中に多くある、字書(漢字を分類した辞典)の内容を補完すると、まだまだ日本にはとんでもない数の漢字があります。

『沈魚落雁閉月羞花』という、結構有名なサイト

(url:http://www.geocities.jp/f9305710/index.html)

では、こんな漢字が紹介されています。

Photo_2

Photo_3

これ、初見で読めたらなんでも言うこと聞きます。

②は、『きょろきょろみまわす』

③は、『ほねとかわがはがれるおと』

と読むそうです。

あのー、

③いつ使うんでしょうか…。

というかそもそも、骨と皮ってはがれるものだったんですね…。

漢字があるということは、この字を作る必要を感じた人がいたり、それに賛同したりした人がいたということでしょうか…。

具体的にどんな音なのかが謎に包まれている辺り、日本人の奥ゆかしさがあらわれていますね…。

と、まあツッコミどころ満載です。

完全にツッコミ待ちなんだと思います。

他にも、こんなのも。

Photo_4

これで、一文字。

これは日本で作られた、日本でしか通じない(いや日本でも通じないと思うんですが)、日本独自の“国字”と呼ばれるものです。

『おおいちざ(大勢の人の中で吐く、という意味)』と読みます。

これはまあ、なんとなくわかる気はしますが、

ただ、これでいいのならなんでもできますよ?

なんというか、漢字、奥が深い神秘文字なんですね、たぶん…。

こうしてみるとまあ、非漢字圏の人がアートとして捉えたり、Tシャツに「お手洗い」とか書いてしまうのも、分かる気が…しないか。やっぱり。

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