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2014/10/20

新国立競技場の基本設計が終わらない原因についての考察Ⅱ

前回、新国立競技場の設計についてなぜか日本のトップがそろっているにもかかわらずなかなかなかなか前に進まない。という話をしました。

話をしてもなぜかなかなか進まないので仕方なく公式のモデル図を見てみたところ、ミヤモトちょっとした問題点を見つけたような気がしました。

 

今回は、その設計的な問題について

ぐぐっ

 

ぐーぐっ

 

ぐーぐるっ

突っ込んでみようと思います。

今回は100%マニアの話です。ごめん。

 

 

では改めて、問題のモデル図を見てみましょう。

Photo_15

 

この絵のMain archtruss)と書いてある主構造に注目してください。
メインアーチとうたってはいますが・・・

 

これ、アーチと言っていいの?なんというか、アーチ風味。

 

アーチというのは元々、組積造いわゆる石積建築のときに窓や入口を開けるための手法。

石というものは曲げや引っ張りは苦手なのですが、圧縮(圧力。押される力)には滅法強いんです。

この性質を利用して、落ちそうな石が隣り合った石を押し合うことで荷重を地面垂直方向に変えて自立させる、というテクニックなのです。

Photo_16

ところがこのザハ案のアーチ、アーチと書いてアーチでないのはライズ(高さ)が低いということによりますが、同時に、ライズが低いけど一応アーチなので、構造的に非常に不利なことが起きています。

それは、巨大なスラストの発生です。

スラストというのはなんというか、氷の上でスケート靴履いて外向きに股を広げたらどんどん脚が広がっていくじゃないですか。あの股が裂けていく力です。いや股が裂けていく力ではないけれど。

あれは荷重に対してライズが低い(=重さに対して脚が短い)為に、本来垂直方向に変えないといけない荷重が横方向に変えられてしまうことで発生する力なのです。

Photo_18

確かにサブのトラスが幾重にも設置され、それなりにスラストが分散するようになっているようですが、これじゃあメインアーチの脚端自体にかかるスラストはそこまで減少していないのではないでしょうか・・・

 

そこでミヤモト、検証のために簡単な実験を行いました。

ティッシュペーパーの箱を切って簡易国立屋根を作り、積雪を想定して荷重をかけてみます。

ぱっと見、自重は支えられるアーチになったように見えますが

Photo_19

 このざまです。これでは積雪に耐えるどころか人が掃除に上っただけで潰れてしまう。

そこで、ミヤモトなりにちょっと細工をしてみました。

Photo_20

 これはタイバーと言われる処理です。

このように、アーチをもたせるには、このスラストに耐えて股裂きにならないように端っこを拘束する必要があるのです。

これをザハ案にも取り入れられないだろうか。

公式に発表されている最新型の模型CGを拝借してみてみました。赤い部分がこのMain archtruss)です。

Photo_21

 

うわ!ダメだ!!これじゃタイバー入れられない!!

 

これわかりますかね?

タイバーを設置するはずのアーチの端っこよりも競技場は1フロア下(地下)にあるんです。

 

断面形状をわかりやすく模式化するとこう。

Photo_22

 

この状態で無理にタイバーを入れようとすると・・・

Photo_23

 

おーー

なんも見えねーww

ただの屋根つきの使えない橋ができたww。

 

一応上から見てみても

Photo_24

空間です。水平部材はない。

次の可能性として基礎梁でスラスト抵抗を負担させるのか?と考えたのですが、アーチ途中から地中に埋めていくと実質の橋のスパンが今まで以上に大きくなり600mを超えてきて、なんだか夢のような規模の基礎梁ができてしまうのでこれもアウト。


Photo_26

 

どうすんじゃい!

 

と思ったら、なんと構造モデル図の説明にとんでもないものが書いてありました。

20


左下、Thrust block foundation

スラスト止め基礎、ってとこでしょうか。

・・・何、この奇跡の部材・・・超怖いんですけど。

しかも垂直方向に打っている・・・

これだけのスパンの横力を非合理にも垂直方向に向かって引き抜きで対処しようというものらしいですが・・・

 

見てください。調べました。国立競技場周辺の地盤データです。

21


地下30mまでいっても全然岩盤とか出てこないんだけど・・・
地下50mとかまでアンカーするつもりなんだろうか。

そもそもが、Thrust block foundationというのは下図の赤丸部のようなものなの(図はエドモントンにあるスパン250mの橋です)

22

 

アーチのスラストを抑えるのが目的なので、当然軸力方向の圧縮と引っ張りに耐えるよう、斜めに打ち込まれているのが分かります。

新国立競技場の今の配置でそれやったら、超ヤバイんですけど。
なぜなら、すぐ近くに都営地下鉄大江戸線が通っているからなんです。

23


地下ホームがちょうど地下30mくらいだから斜めにアンカーするのはかなり危険だと思う。

というかそもそも地盤が、データ見る限りシルトから細砂とかだからまだういろうみたいな状態だと思うんですよね。

このアーチのライズとスパンと敷地断面を模式化してみるとこんな感じです。

24


ドンピシャで駅に当たるんじゃないでしょうか・・・

これじゃあミヤモト職場に行けない。

 

ソチ五輪のメインスタジアムが、同様に日本の巨大トラスアーチをかけていましたがそもそも大きさがザハ国立の半分くらいだからなあ・・・

しかもソチは地盤がいいのか地面に鉄板敷いて直接基礎打ちみたいなのやってましたが、あれ原発工事並みの物凄い鉄筋工事やっていますからね。

 

なんかまあ、こんなんじゃ確かにどこから手をつけていけばいいのかわからなくなる気持ちもわからないではないかな・・・

困るけど・・・

 

ま、ミヤモトがガチの専門家ではないゆえの杞憂であればいいのですが。

 

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2014/10/17

新国立競技場の基本設計がいつまでたっても終わらない原因についての考察Ⅰ

今回は、がっつり建築の話をしたいと思います。

一応よくわからない人が読めるレベルで書きますが、ミヤモト最大の趣味を惜しむことなく絞り出したかなり専門的な記事なので、一読の際はご注意を。できる限り画像たっぷりでお届けしますので記事がもうアレな人は画像だけ楽しんでいってください。

 

 

ミヤモト、このところ国立競技場にはまってるわけです。

旧国立競技場もいいですが、新国立競技場もいいですよね。あの、未来世界的デザイン。外苑方面からのイメージ画像が超ステキ。近代建築の建ち並ぶ夜景が超ステキ。

Photo

ちなみに新宿・千駄ヶ谷方面からのイメージもステキ。外苑がなんだか古臭く見えるけどいいの。

Photo_2

あんまりにも未来世界的なんで、それらしく発射させてみました。

Photo_3

ちなみにネットを探したら、新国立号をGoogleマップに埋め込んだ、というツワモノがいました。

こちらです。

Photo_4

 

しかしどうもあのスターシップ新国立号に納得いかないことがあります。

今回はそんな新国立競技場の、建築的(あるいは設計的)見地からみた謎をお届けします。

 

 

ことの起こりはだいぶ前。

各停をご覧の皆様ならご存知の通り、ミヤモト現在過ぎ去った日を懐かしみながらあたかもここ最近の出来事のようにアップしております。

 

えーーー

2月のことでした。

東京に大雪、降りましたよね。

ミヤモトも仕事から帰ったらアパートの廊下が雪原のようになっていて、キタキツネを呼んでみました)ドアを開けるのに大変苦労しました。

近所の簡易式カースペースは屋根が崩落してしまいました。

ちなみにこちらがその時の模様です。そろそろ秋が近付いてまいりましたがまだ微妙に暑さが残っております。涼んで下さい。

Photo_5玄関前は大雪原。

Photo_8上の階の人のビートル(旧)。ビートルは雪が積もってもかわいいですなあ。

Photo_6車止めにも雪は積もることができるのですねぇ。

画像左端の簡易カースペース(屋根)に注目してください。

Photo_7数時間後。カースペースは降り積もる雪の重みに耐えられず崩れたとさ。

そんな中、ミヤモトこんなニュースをみつけました。

 

2月の大雪なら屋根落ちる? 新国立競技場、設計見直し 
朝日新聞デジタル328

2020年東京五輪・パラリンピックの主会場に予定されている新しい国立競技場の開閉式屋根について、今年2月中旬並みの大雪が降った場合、雪の重さに耐えられず崩落するとの試算が出ていることが26日分かった。日本スポーツ振興センター(JSC)が基本設計を進めており、屋根の素材や可動部の構造などを再検討している。

開閉式屋根はコンサート利用を増やし収益を上げるため、悪天候や騒音対策で設置が決まった。普段は開けておき、コンサートや悪天候時に閉める。「頑丈な屋根でなく、雨の時にさす傘のイメージ」(文部科学省幹部)で、東京ドームの屋根と同じガラス繊維膜材を想定。設置費用は120億円、開閉にかかる電気代は1回1万円としていた。

しかし、関東各地で観測史上最大を記録した2月14~16日の大雪で、東京でも体育館やアーケードなどの屋根が崩落。新国立競技場の屋根も同程度の雪が降った場合、重さに耐えられないとの試算が設計事務所から出たという。文科省の担当者は「2月は想定外の大雪だった」として「東京ドームのように覆いっぱなしなら問題ないが、屋根の可動部に負荷がかかるとのことだった」と説明する。

建築基準法は大規模な建物について、50年に一度の大雪にも耐えられる強度を求めているが、2月の大雪を受け国土交通省は基準を見直す方針。JSCは関係法令にのっとったうえ、設置費用が増えないように見直しを進めるという。(野村周平、阿久津篤史) 

(urlhttp://www.asahi.com/articles/ASG3S61YRG3SUTQP01W.html

 

えっ?

 

何言っちゃってんの?

と、建築関係者なら皆そう思うでしょう。

思うでしょう?ハルさん。

 

というのも、通常設計実務において、設計し終わったけど、その後で雪の重みで耐えられないことが分かる
なんてことは、起きないからです。

 

なぜかというと、
設計というのはその初めに積載荷重というのを考えてから始めるから。

自動車で考えてみたらわかると思うのですが、設計をしてみたけど車が走らないことが分かった…なんて話は聞いたことないですよね。まあ走るように設計するんだから当たり前ですが。

 

料理してみたけど、食べられなかった…

 

まあ…これはあるかも知れないけれども。

 

で、雪の問題なのですが、日本は地震大国というだけでなく、多雨多雪地域でもありますから(厳密には垂直積雪量が1m以上が多雪区域。北海道なんかは当然ほぼ全域1m以上です) 、本来建物にかかる雪の重さにも初めからうるさいんです。

それなのにこの事態。なにかがおかしい。

 

積雪荷重というものは、おおまかに

d(垂直積雪量。要は積もる高さ)×ρ(積雪の単位荷重。雪深1cmごとに20N/㎡が基本だが例外あり)×μb(屋根形状係数。屋根の勾配によって設定される)×X(レベル係数。地域ごとの違いを調整する数値)

で計算します(d・ρについては各市町村ごとに定めた値を適用する)

 

早い話が『1㎡の平面に積もる雪の深さに1㎡あたりの雪の重力20Nをかけて、後は地域ごとに積もりやすさを考慮する』という計算式です。

当然これを計算しないと屋根は材質も厚さも形状も決められません。

 

つまり。


日本に建っている建築物は、基本的に地域ごとの雪量を見込んでから設計を始めているはずなんです。

これはそこらの街の工務店でも当たり前にやってることです。

 

それを普段なんにも報告してこない日本スポーツ振興センター(国立競技場の運営元。以下JSC)が急に
「想定外の積雪に遭遇せり!被害甚大なので設計の見直しを決めました!基本設計提出の遅延許可をされたし!」
みたいな感じで積極的にご報告されているのが不思議でならなかったんです。

都が定めている東京の推定積雪量は、3040cm

垂直積雪量が3040cmくらいでいいってことは、最初の積雪荷重の計算でまったく雪が滑り落ちないと仮定しても深さ1cmあたり20N=600N/㎡。

このNってやつは質量(kg)×9.8m/ss(重力加速度)なので、つまりどのくらいの体重の人が乗ってる想定かというと61.22kg。

 

昔のブリトニー先生くらい?

仮に積雪震度を23倍にしてみても、まあせいぜいデラックスな方一人分がいいとこでしょう。

Photo_9

 

大雪があったとは言っても、都が注文をつけている積雪量は変わっていない(それもどうかと思うが)

それでも設計を見直す。

・・・1㎡あたり、デブ一人も支えられない屋根だったのか?

 

と、謎がどんどん深まるばかりなので改めて新国立競技場の設計案をながめてみました。

 

すると!またまた大変なことが。

 

これが、みなさんご存知新国立競技場計画案のモデルです。

もうでっかい橋と同じ考え方でつくられているという不思議な競技場。世界初の橋梁建築としての競技場です。

Photo_10

 

JSCのサイトでは、新国立競技場に関する進捗状況(既にこの半年間まったく進捗が見られないが)が発表されています。

 

平成25年11月 新国立競技場基本設計条件案策定

http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/shinchokujokyo/20131211_kihonsekkeijokenan.pdf

 

この報告書はけっこう真面目に作られており、これまでの経緯や関与している当事者をその座長名まで明記してあります。
最初から最後まで関わっているのはやはり安藤忠雄ただ一人。

同時に、設計を進めていくための必要部屋数や使用者側の要望なんかも書いてあります。そして、周辺景観についても。
いってみればこの書類が本来のコンペ募集要項となるべきものといってもいいでしょう。なので実際はこの書類が出てから初めて建築の設計を始めたということがわかります。

 

この報告書の2ページ目に「フレームワーク設計を日建設計・日本設計・梓設計・アラップジャパンの4社JVを特定し、5月31日に契約しました。」とあります。

これを聞くと普通の人は「設計」って言葉が付くから
ああ、去年の5月からなんかフレームワークとかいう設計をやってたのね。って思うでしょう。

しかし、私が建築マニアとしてこれを見て思ったのは

 

これ、一体何をやってるんだろう?

 

なんだ?「フレームワーク設計」って?

 

ということです。

「フレームワーク設計」というのはソフトウェア開発の現場では度々聞くと思うんですが、プログラム開発作業の効率化を狙って、頻出処理や基本的な必須記述をいちいち都度作らないで使い回せるようにした枠組みのことです。

建築の現場ではまず聞かない作業概念なんですよ(ミヤモトの建築知識が古すぎるだけかも知れんが)

 

その設計作業をやったと書いてあるんですね。

JSCの新国立競技場に関する進捗状況の記述には以下のように書かれていました。

「フレームワーク設計」では、ザハ・ハディド・アーキテクツのデザイン監修の下、
基本設計を行う前段階として、既に決定しているラグビーワールドカップに加え、オリンピック・パラリンピック競技大会開催を想定しつつ、ザハ・ハディド氏のデザイン案を忠実にかつスポーツ・文化の各WGから出された要望をすべて取り入れた場合の試算をおこないました。

 

…ほう。それが建築界での「フレームワーク設計」なんですね。つまりデザイン側を間に入れて、上の言ってくる要望をこなせるように試算したと。

 

…………

 

……つまりまだ建築設計してないのか!

 

『みんなの要望を集めて、まとまるかどうかを調べました』をやるために何故わざわざ日建・日本設計・梓設計を投入しているんだ?日本建築設計のトップだぞ?

しかもアラップまでもが、そんな準備作業に駆り出している。

 

そんなものはコンペの実行委員会で事前にやっておけ!

 

先生!安藤先生!!

事前にやっておけよ!!

 

何をサボッてたんだ?この人は (ちなみに安藤忠雄は大好きです)

 

しかし。コンペが終わってからそんなことを始め、しかもなお一ヶ月以上が経ってもまだこのレポートに進捗は見られない。

 

なぜなのか。

 

この基本計画に携わっているのが国内トップ集団であり、しかも構造部分はガチで世界最高の建築的頭脳が関わっている。

にも関わらず、基本計画が進まない。もしくは進められない。

 

そこまでイカレた提案なのだろうか。ザハのあの未来世界の橋は。

 

 

と思ったところで一つ。思い当ったことがありました。

ミヤモト、なんだか似た話を聞いたことがあるんです。

 

実は、シドニーのオペラハウスのときにもそんな話はあったんです。

当時、原案者ウッツォンのアホな絵は実現可能なのか、という問題が持ち上がり、いったん計画が止まりました。

確かに一見殴り書きのように見えますがウッツォン自身はしっかりした構造イメージは持っていて、試作した模型の案にも一定の合理性はあったのです。

Photo_11

Photo_12

こちら試作模型をめぐる当時の様子。

その可能性を見抜いたのが、審査員長のエーロ・サーリネン。あのチューリップチェアでおなじみのサーリネンです。

Photo_13

サーリネン先生が「イケるぜ!だいじょぶ!やろう!俺が責任持つ!」って言ったから、あの奇跡の世界遺産ができたんです。

それが今回の審査委員長安藤先生、ザハの案について「大丈夫や!やろうや!」までは元気よく言いますが「責任を持つ!」は言ってくれません。

むしろ「わしは・・・見た目のことしか・・・わからへんし・・・」と声が小さい。超歯切れ悪い。

さらに「わし構造とか・・・わからんし・・・」とか全然戦ってない感じ。超逃げ腰。

 

なんかまあ、進まないのも仕方がない。仕方がないから例のモデル図をもう一回見てみました。

Photo_14


すると・・・

 

おや?

 

ちょっとこれは・・・

 

ミヤモト、大問題発見してしまったかもしれぬ。

 

これは・・・こまったなあ・・・

今回もう書きすぎてるからなあ(←爆)

 

 

ということで、続きは次回へ。

 

 

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2014/09/15

もう壊されてなくなるということがまだちょっと信じられません。

 


実はこの記事は一度バグを起こしてイチから書き直しをさせられています( TДT)





ラルクのライブを見に国立競技場へ行って以来、ミヤモトなんとなく国立が気になっていました。

建築的に。


東京オリンピックの為に建造されて(そうではなかったことが後にわかりますが)30年以上その姿をとどめ続けたスタジアムというのは一体どんなことになっているのか。


そのすべてを見るチャンスがやってきました。


2020年の東京オリンピック開催に向けて全面改築がなされるため取り壊しの憂き目にあう国立競技場。

その取り壊しの前になんと、一般向けに見学ツアーが開催されていたのです。


時は5月22日。木曜日です。当然有給を取って行きました。


何故有給を取って職場の近くまで行くのかという疑問は心にしまいつつ、大雨続きで梅雨入りが心配される中一路国立へ。

当日は何とか朝から晴天に恵まれるものの、ニュースを見ればあらゆるお天気おねえさんが「傘持ってけ」的なことを言っていたので折りたたみだけ持ってゴー。


ちなみに各停読者のみなさん、国立競技場が建造されたあらまし、ご存知でしょうか。

東京オリンピックのために作られたと思っていませんか?

ミヤモトは思っていました(前述)。


実はこの国立競技場、東京オリンピックの少し前に行われた、アジア選手権のために建造されたのです。

少々面倒ですが去りゆく国立競技場に敬意を表してまずはその歴史をお勉強しましょう。


時はなんと大正13年。

当時青山練兵場跡地として国が放置していたこの土地に巨大な競技場を建造する計画が持ち上がりました。

大正8年12月に工事が開始されるもその後、物価の高騰や関東大震災の被災者の収容施設になったりで工事が中断され、大正13年3月にやっと工事が再開され同年10月に完成した、日本で初めての、そして東洋一の本格的陸上競技場は「明治神宮外苑競技場」と名付けられさまざまな競技に使用されていました。

ちなみにこの神宮競技場、第二次世界大戦時に学徒出陣の壮行会が行われたり、敗戦後は連合軍に接収されて「Nile Kinnick Stadium(ナイルキニックというのはアメフトの選手名らしい)」と名を変えて利用されていたりとなかなかのブラックな歴史を持っていたりします。

敗戦から数年後、日本は、「平和な日本の姿をオリンピックで世界へ示したい」として、オリンピック招致に躍起になります。

そのための国際的なアピールとして昭和33年、「第3回アジア競技大会」を東京で開催しました。

オリンピックがやりたいのでとりあえず違う大会を開催する、というのがどれだけアピールになるのかミヤモトにはよくわかりませんが、とにかくそのメイン会場として使用するために改築されたのが、正式名称国立霞ヶ丘競技場・陸上競技場。現在の国立競技場です。

建設計画の中心人物は、建設省関東地方建設局(当時)の角田栄と設計・デザインの片山光生。着工は昭和32年1月で昭和33年3月竣工。

あれよあれよで東京オリンピック開催が決定した後は、調子に乗って改装工事を決行。収容人員増のためのバックスタンドの増設、グラウンド地下道の新設、電光掲示盤や夜間照明設備の改修などのどさくさにまぎれてなぜか聖火台の移動も行われています

その後も昭和42年の「ユニバーシアード東京大会」をはじめ、サッカー天皇杯、高校サッカー選手権、ラグビー大学選手権、東京国際マラソン、トヨタカップなど、国内外の様々な大会に利用されてきました。

世界陸上やJリーグ開幕式などは、ミヤモト世代には記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。過去には三大テノール日本公演をはじめSMAPやラルク等の音楽イベント会場としても利用され、今日に至るわけです。


そんなこんなで見学に向かったわけですがこの見学ツアーなんと!

いくつか決められた見学ポイントを時間内に自由に行き来し放題撮影し放題という超太っ腹企画。

しかも見学ポイントにはトラックや聖火台といったここでしかチェックできない重要ポイントも含まれていて、好き放題近づいてOKとのこと。


国立ゴイスーです。


具体的には

00

こんな感じ。航空写真にしたらちょっとわかりづらくなりましたが。


まずは①中央ホール。

このホール入口には1964年の東京オリンピックの金メダリストの名前が刻印されています。

Img_20140522_135722

こんな感じ。当然みなさん撮影タイム。

Img_20140522_135811

おかげでミヤモトモザイク処理能力が上がりましたありがとうございます。

すべての競技のメダリストが刻まれているので端から端まで撮影していると時間がいくらあっても足りない感じ。

なので抜粋して。

Img_20140522_140117

こちら、『東洋の魔女』の異名を取った伝説の女子バレーボール日本チーム。団体競技はメンバー全員が刻印されるんですね。

ミヤモトさんがいるという奇跡付き。


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こちらは柔道。重量級の金メダルはあのYAWARAちゃんのおじいちゃん、猪熊滋悟郎のもでるとなった猪熊功(おじいちゃんはこの猪熊功と、柔道の創始者嘉納治五郎がモデル)

この猪熊功、大学時代に日本一になり卒業後は順天堂大学助手を務め、さらに警視庁に入庁して柔道講師として活躍したスーパーレジェンドな男。

オリンピックで金メダルを取った後も世界選手権と日本選手権を制し柔道史上初の三冠を成し遂げたとんでもない人なんですが、最終的に東海建設代表取締役を務めた後、「心身ともに最高の状態で死にたい」と当時の秘書に介錯を頼み社長室で自刃したというなんだか昭和カッコイイ人なのです。

ちなみにガタイが良すぎてなかなか死ねず、刃が刺さって呼吸が止まるまでに50分かかったらしいです。。。


ホールの中は・・・まあ普通のホールでした。いわゆるロビーというか。特筆すべき点はナシ。

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なんだかこの日のために運営がかっぱらってきた拝借してきたサッカー選手のユニフォームが。ちなみに誰のものかはよくわかりません。よく見てません。

Img_20140522_140959 Img_20140522_141035 Img_20140522_141049

こちらはパネル展示されていた改修工事による競技場の変遷。劇的ビフォーアフター。

ベンチをいいものに変えたことで収容人数が激減しているというまさかの事実。


②は南入場口。客席スタンドの下をくぐってこの入場口からグラウンドに入っていく感じになります。

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いわゆるピロティになっています。うーん結構老朽化進んでます。

そして意外なことに

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なんとカフェテラスがありました。まあもう営業は完了しているのでしょう。

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この南門、何をそんなに集まっているのかというと

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こちらには第3回世界陸上の金メダリスト名盤がありました。

ここには世界記録を樹立した100mのカールルイスや、そのカールルイスを下してやはり世界記録を打ち立てた幅跳びのマイクパウエル、バルセロナ五輪での「靴が脱げた」でおなじみの男子マラソン谷口浩美などが刻まれています。

そしていよいよ③グラウンド。

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いよいよグラウンド!


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グラウンドーーー!


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芝生ーーーーー!


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スタンドーーーーー!


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トラックーーーーー!


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照明ーーーーー!


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掲示板ーーーーー!

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ちなみに芝はレベルを落として(目線を落として)きちんと撮ってきました。これがあの、負けた選手の欲しがる国立の芝です。

ところでこの芝、枯れてるところって見たことありますか?

どれだけの人が知っているかわかりませんが、芝、といっても要するに植物です。

冬になると普通は枯れます。

ところが国立の芝は、枯れません。

それは、1990年に始めた「ウィンターオーバーシーディング」と呼ばれる手法によるのです。


実は芝は温かい地方で生育する暖地型芝(夏芝)と、寒冷地で生育する寒地型芝(冬芝)に分けられます。

ウィンターオーバーシーディングは、9~10月頃、青々と茂るティフトンという種類の夏芝の上から、ペレニアルライグラスという種類の冬芝を播種することで、冬の間休眠して茶色く枯れてしまう夏芝を冬芝で覆い隠し、一年中グラウンドの緑を保つ手法なんです(実はミヤモトパパが造園設計士なのでちょっと詳しい)。

これ、従来ゴルフ場などで行われていた手法なのですが、大型競技場ではそれまで使われるような手法では決してなく、年間通して国内の重要イベント・試合を行いつつベストのコンディションを保たねばならないという課題の中で行き着いた斬新な芝生管理法で、後に全国のスタジアムのベースとなった画期的な方法なのです。


ちなみこのグラウンド、各所にいろんな仕掛けがしてあります。

フィールドの端っこには

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日差しがひどいせいでかなり見づらいですが、地下階段があったりします。

この地下階段、

Img_20140522_153234 Img_20140522_153237

なんと場外の地下トイレにつながっております。

この地下通路、東京オリンピック開催に合わせた改築時に作られたものらしいです。驚き。

他にも第4コーナーの内側には

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織田ポールと呼ばれるポールが。

これはアムステルダム五輪で日本人史上初の金メダリストとなった三段跳びの織田幹夫選手を記念して造られたポールで、高さは織田選手の記録に合わせたなんと15m21cm。

三段跳びで15mってすごくないか!?

ちなみにこの織田ポール、2005年のSMAPのコンサート時にジャニーズから「邪魔」と言われたため取り外しができるように作り直したという、なんとなくイラッとするエピソードを持っています。


グラウンドを堪能したら次は⑤メインスタンドへ。

と思った矢先。

ここで悲しいお知らせです。


大雨です。


まさかの突然どっしゃ降りです。ちょうどスタンドに上がろうとしていたミヤモト達含め全員が、やむなくスタンドに退避する形に。

Img_20140522_144417 

当然スタンドへの行列が。

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そして誰もいなくなったグラウンド(トラックにいるのは係員)。

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ミヤモトは午後の部に参加していたのですが、午前の部の参加者はこの頃聖火台あたり。なんだか大変そうでした。


Img_20140522_144431 Img_20140522_144440

こちらがメインスタンド。人が一か所に固まっているのは、あれより前は屋根がないので濡れてしまうため。

ちなみに上側の写真に載っている歌舞伎役者っぽいレリーフは相撲の始祖といわれる野見宿禰(のみのすくね)。下の写真のレリーフはご存知ギリシア神話の勝利の女神ニケ。この両レリーフの間に皇族専用の観覧席、ロイヤルボックスが設置されており、宿禰が日本的なもの、ニケが世界的なものを、またそれぞれ力を美とを象徴し、その中央に座る皇族がそれらの調和をあらわす、というデザインとなっています。

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こちらがロイヤルボックス。どうせだからシートはがしてくれればいいのに。

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ロイヤルボックスのあるメインスタンドにはエレベーターが設置されているよう。

エレベーター周りの石が気になったのでアップで撮ってみました。

Img_20140522_151759

ハルさん、あっちゃん、これなんですかね?

Img_20140522_151827_2

ねえ これ何ですかね??


雨がやまないのでこの間にスタンド下に設置された④貴賓室を見学。

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貴賓室にはさすがに入れないので入口からガラス越しに撮影。基本的には皇族他VIPの控室として使用されるそうです。

ち な み に 嵐がここでライブをやった際にこの貴賓室を控室として使用したらしく、写真手前のモニターでPVかなんかを流しつつ振付の最終確認をしていたとか。

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これが貴賓室。ガラス越しでもそれなりに撮れるのはミヤモトの腕です。マジで。

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結構広い。5人とかで使う部屋ではない。


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こちらは貴賓室へ降りる階段。やはりかなりの老朽化。これは立て替えも止むをえんかも。

スタンド下には他にも室内練習場や選手控室などがあります。

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これが室内練習場。まあ入場前に選手がアップとかする感じですかね。

ここにはなんと

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こんな部屋もありました。まあオリンピック用だからねえ。そうよねえ。

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そしての更衣室。ドキドキします(変態的なことではない) .


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おおーー  なんだか見たことあるようなないようなやつだーー。おおーー。

ちなみにプリントの説明によると、「10年ほど前から、更衣室内でシャンパンファイトを行う勝利チームが出てきました。部屋中がベトベトになって後片付けが非常に大変なのでうが、近年ではシャンパンファイトをしたい場合は事前申告制にしており、ブルーシートで部屋中を養生した上であれば実施してよいことになりました。」だそうです。

うーーん。。。


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更衣室はシャワールームも完備。


そしてそうこうしているうちに、

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晴れたーー!!


超快晴―!

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せっかくなのでパノラマ撮影してみました。何かの壁紙にどうぞ。


天気が良くなったので見学を再開。いったんグラウンドに降りた後、今度は北入場口からグラウンドの外に。

途中こんなものを見つけました。

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表彰台ーー。

この子が延々独占していたので誰も登ったりできなかったとさ。


⑥は学徒出陣壮行会碑前です。

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楽しいイベントですが決して忘れてはならないポイントです。

この碑は1943年に学徒出陣命令が下され、東京周辺77校の生徒が壮行会を迎えてから50年を迎える1993年、征って還ることのなかった方の胸中を想い、若い世代にこの歴史的事実を伝え永遠の平和を祈念するために建てられました。

ちなみにこの石碑の後ろにはなんだか場所が余ってるんだか、

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芝を育ててました。


ミヤモトも手を合わせて祈りをささげた後は⑦回廊を抜けていよいよクライマックスの⑧聖火台へ!!

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階段を上って回廊へ。ライブのときなんかはここからバックスタンドへ向かいます。

回廊を抜けて37番ゲートからバックスタンドに出ると

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聖火がちかいいいーー!


聖火を撮影するためバックスタンドの最後列まで上がります。

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一番後ろってZC列らしいですよ。もうここからだとフィールドの選手はゴミのようだ!!(ムスカ)

聖火撮影は当然長蛇の行列。連れの子猫に並ばせつつ待ってる間にあちこちで撮影してみました。

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バックスタンドから見る国立。新宿の街並みと相まってなかなか綺麗ですがこの景色はもう二度と見れなくなるんですね。

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バックスタンド端っこからパノラマしてみました。

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しかしバックスタンドってずいぶん急だったんですね。


そ し て 





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聖火キターーーーーー!!


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ミヤモトキターーーーー!!(初公開)


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子猫キタにゃーーーーーー!!


えーー。直径2.1m・高さ2.1mだそうです。

埼玉県川口市の工房で作られた鋳物の聖火はかつて工房の職人さん自ら定期的に磨きに来ていたそうですが、現在その職人さんは亡くなられ、工房は息子さんがついでいるそうです。

そして。既に高齢の息子さんの代わりに現在聖火磨きをボランティアで請け負っているのがなんとあの室伏広治選手。

2020年のオリンピック招致を願って有志数名と行った最後の聖火台磨きはメディアにも取り上げられ記憶に新しいところ。

ちなみにこの日聖火は灯りませんでしたが、火のついた聖火はこちら

Kokuritu

誰にも止められねえぜ!!


この後は⑨34番ゲートから回廊に出て

出たあたりでまさかのグッズ販売というテンションの下がるイベントに遭遇し、⑩北五門から解散です。

北五門を出る際に記念品を渡されたのですが、

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パンフレット代わりのペーパークラフトw


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国立競技場フェイスタオル!SAYONARA仕様!!


ちょっといい!!



次回は、ミヤモト新国立競技場に思うところあり です。

超~マニアックな建築バナシをする予定。


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2011/06/16

ふっさふさ

最近タイトルがオヤジギャグみたいになってますが。

思いつかないんです。すいません。

多摩の果てまで行って見た際、途中で以前から気になっていた建物を通るので寄って見ることにしました。

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福生市庁舎です。

設計は山本理顕。

雑誌で見て以来気になっていて、わりあい近場ということもありいつか行こう行こうと言っていたのですがなかなか実現できず、ついにこの度ソロプレイ。

ご覧のとおり、福生市庁舎は執務室を中心とした第一棟と議会機能を中心とした第二棟のツインタワー構造。

これだけでもうかなり圧巻です。

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これが二棟。しかも

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丘の上に建っています。

どういうことかといいますと。

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こうなっちょります。

敷地一面に地面から続く丘が広がり、丘の広場の煉瓦の床がそのままタワーの壁に連続しています。

Photo わかりますかね。わかりづらいですかね。地形を利用して2F部分に丘が作られていて、1Fは丘に埋まった地中部分として二つのタワーをつなげている構造です。

わかりづらければ福生市役所のHPを見てみてください。

ではレビューいきます。

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南面角の広場接地部から。手前が第二棟、奥が第一棟。

タワーの構造は格子状のプレキャストコンクリートを現場打ちでつないでいるそうです。

尚チューブ構造部材の梁は階ごとに交互にすることで軸力を分散し、階が上がるにつれ格子が細くなっています。見事!!

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1階フォーラム。各種手続窓口が設置されています。
フォーラム内にタワーにも用いられているチューブ構造が現れ、インデックスパネルを持ったカウンターが配置。

照明はタスクアンビエント方式。ベースを間接照明としているため、影ができにくい柔らかな空間を作り出しています。因みに空調は床吹き出し!

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北側道路から第二棟エントランスをのぞむ。格子状の構造が丘の広場のスラブを貫通してそのままフォーラムに現れているのが分かります。格子3マスで1層ですね。

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第2棟5階廊下。開口にはアルミルーバーが取り付けられ、これで採光を調整します。

恐らく冬季や夜間はルーバーを閉め切る事で建物内の空気を保温できるものかと。

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ストラクチャーは垂直に降りるが外壁はスカート状に丘に広がり、壁と床が連続した曲面を作っています。

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丘の広場からのぞむ第一棟2F。

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同じく第二棟2F。

どちらも壁から床へ連続している煉瓦が丘の広場へ自然になじみ、公園に似た空間を作っています。

ミヤモト、特に理顕が好きなわけではないのですが、この市庁舎を見たときに「これです!」というものを感じたのです。

思うに、ヨーロッパでは庁舎は自分たちのものという意識が強いと思います。
ストックホルムの市庁舎はノーベル賞授与式に使われるような、シンボリックな場所であると同時に日常的に市民が訪れ自分たちのものだと思える建築になっているように思うのです。
それに比べて日本の庁舎はあくまで行政施設という印象が強いと思います。
東京都庁舎設計コンペ時に磯崎新が出したという案も、権威的な超高層ではなく、もっと市民に開かれた構成にすべき、という批判的なものだったといいます。
やはり市庁舎にとって大切なのは、権威の象徴ではなく市民の建物であり、かつシンボル性を持ったものであるべきなのだと思うのです。

その意味で福生市庁舎は、同じ形の建物を二つ建てるツインタワー構造でシンボル性を獲得し、敷地に公園を作るのではなく、丘の広場によって敷地を公園にしてしまうことで子供から高齢者まで自由に歩くことができる場所となっているといえるのです。

ちなみに当初は煉瓦によるスキンではなく、全面ガラスのダブルスキンでの案だったそう。
横田基地が近いことで防衛省の防音基準を満たすため断念したそうですがそれも見たかったですねえ。

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2011/05/23

その名はひかり



すっかり記事が溜まりました。





GWくらいの話なんですが、勉強をするという口実で朝から図書館に行ってきました。

なんでまた図書館かといいますと、

府中市立図書館が全面改築されてからかれこれ数年、まだ一度も行ったことがなかったのです。

建物がステキなのです。


なんと朝9時にスタバでごはんww

ウマーな朝のコーヒーをいただいた後は、府中の駅からゆっくり歩いて図書館へ。

以前は小劇場とか講堂とかが内包された、府中市の市民会館は、2007年に市立中央図書館と合併し晴れて総合施設『ルミエール府中』へと生まれ変わりました。


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このステキ物件の中に大小そろえたコンベンションホール4つ、会議室5つ、レクリエーションルーム、料理講習室、音楽講習室、カフェレストラン、地下駐車場を備えています。


ちなみに設計はオタクの武道館、東京国際展示場でおなじみ佐藤総合計画です。

知らない人のために解説しますが、ここの初代代表の佐藤武夫という建築家は建築における音響研究の第一人者で、かの日光東照宮の鳴竜の仕組みを初めて科学的に解明したという、およそ府中にはモッタイナイ方です。


ではぐるっと見てみましょう。


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カフェレストラン、ロータスガーデン。そのウッドデッキです。

デッキに出てコーヒーでも飲みたかったのですが、さっきスタバしてきたばかりなので今回は断念。


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1Fロビー。証明が超現代建築。


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1Fには会議室が。

Nervが設置されてそうです。


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こちらは2Fテラス。

2Fには_mg_4456


料理講習室。家庭科の 授業を思い出します。


3F・4Fは図書館。かなり綺麗に作られていて、まるで本のカフェテラスといったところ。

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こちらは3F廊下。日差しが心地よくてよ。


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休憩コーナー。

喫煙コーナーはベランダに設置されているので非常に快適です。

喫煙者に優しい府中市。


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3F踊り場から市外を望む




ミヤモトは午前中ここで たっぷりと本を読み、お昼は子猫を連れて駅前の大戸屋に行き(なんと生まれて初めて大戸屋に行ったらしい)、午後はそのまま府中で生活用品とかを買い出して帰りました。

…あれ いつ勉強したの?


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2010/11/11

The Great Perrault



いつか、コメント読者が増えたらみんなでやってみたい企画がいくつかあります。

大喜利とか。





初台に行ってきました。

H1201018

ドミニク・ペロー作品展in東京オペラシティアートギャラリー!


結構、楽しみにしてたんです。久々の建築展なので。


オペラシティのギャラリーも、実は入るの初めてで。はやる気持ちを抑えきれずに飛び込みましたwktk


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入り口を入るとすぐに、ドミニクペロー建築スタジオのエントランスが再現!

壁では作品のスライドを上映中でした。


やっぱり、ドミニクペローと言えば、メッシュ(笑)。

とにもかくにもメッシュの人、というイメージしかありません。


ありませんでしたが、今作品展では彼の持つ、地形に対しての建築という「領域」そのものを分かりやすく捉えた作品を中心に、人工景観としての都市性を持った建築概念を紹介する、というたいそうスケールの大きいものでした。


『現代の建築家にとって、歴史がもはや十分な参照事項たり得なくなっているのはなぜだろうか。(中略)よって、地理的な問題に重点を置くあり方の高まりによって、今後我々にとっての建築の物理的な実態の重要性は一層高まっていくことが予想される。

(中略)かつて「壁」や「門」、「ファサード」、「屋根」などという限定的な言葉によって定義されていた狭義の建築という言葉は、「領域」の問題に答えるうえでもはや十分ではない。それゆえ、建築を景観の中で成熟した一要素としてとらえ、我々が生きつつある自然が(いかに奇妙に見えようとも)常に人工的なものへと変化し続けているという事実に目を向けるべきである。(中略)そして、これまで幾多の聡明な哲学者によって導き出された理論に則って、景観を何よりもまず我々自身の働きかけによって成立すべきものととらえるのであれば、「人工的なもの」こそは「都市」と同等の地歩にほかならない。』(ドミニク・ペロー エッセイ 歴史と地理 『建築と都市 architecture and Urbanism』 2009年9月号より抜粋)


こんな建築家がいたとは。

ライトのように自然を取り入れた建築家もいれば、こんな見地で自然を取り入れた建築家もいるんですねえ(ペローの言い方に倣えば、正確にはそれは自然を取り入れているとは言えないわけですが)。

考えてみれば、文中にある『建築を景観の中で成熟した一要素としてとらえ、景観を何よりもまず我々自身の働きかけによって成立すべきものととらえる』という考え方は、ミヤモトの『あらゆる建築はそこに建つ環境とともに存在し、一つのインスタレーションとしての利用価値のある空間でなければならない』という考え方に通じるものがあります。

作品自体が近代以降のヨーロッパ独特の派手で分かりやすいものということもあり、今回ミヤモトの中でペローのランキングが


ぐっ


と上がりました。



さてさてさて

だいぶ文字を書いてしまったのでここからは今回の作品展にも展示されていた、ペローの代表建築を紹介していきます。


H1201018_002 これは冒頭のパンフレットにもあった、ソウルの梨花女子大学。その、地階の廊下です。


Me こちらはバルセロナにある、ホテルME。

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ホテルME客室。

Me_3

ホテルME廊下。


Photo

欧州諸共同体司法裁判所(通称ヨーロッパ司法裁判所)内、

大法廷からメインエントランスへの階段

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ヨーロッパ司法裁判所内、メインエントランスからの大法廷入口


Photo_3

ドナウシティタワーズ。

オーストリアはウィーンに2013年建設完了予定です。


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NHフィエラミラノホテル。遠景。

Nh

フィエラミラノホテル、断面図

Nh_2

フィエラミラノホテル、受付レベル平面図


最近、写真の載せ方雑だなー…



因みにこの日は隣のギャラリーで近代版画の収蔵展が同時開催されていたので、そちらもチェック。


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『錆色の河』  柿崎兆


こんなんでした。

意外とアメリカの抽象表現主義作品とかもあってかなり落ち着きました。


No3

『干渉(飛散)No.3』 榎倉康二

これはなかなかよい。


来月辺り、いよいよあの近代アートを見に行こうかしら…





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2010/10/09

問題は基準を定めた基準だが

最近コメントがないぞっ

芸大美術館でシャガールを見た後は、

というか芸大キャンパスで見られちったロダンを見た後は、そのまま上野公園を突っ切って一路上野駅へ。

実は上野公園、芝公園・浅草公園・深川公園・飛鳥山公園と共に、日本で初めて正式に『公園』と指定された由緒ある公園さまだそうです。

動物園とか美術館のイメージでしたが、芝生の広場があったり、芝生の広場に彫刻があったり。

上野公園てこんな感じだったんですねー。

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なんと上野公園、公園と名乗っておきながらお寺があります。

寛永寺というこのお寺には、かの徳川家光によって創立された、将軍家代々の菩提寺でした。

まっったく知りませんでした。

その墓地には今もなお、家綱、綱吉、吉宗といった徳川の面々6名が眠っているそうです。

そんな寛永寺は閉まっていたのでw

東照宮の入り口を無理やり撮影。

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因みに五重塔があったもんでこちらも撮影を試みるも、あたりの木々に遮られ真っ暗で失敗。えへ。

そしてこの上野公園、なんと

都内の桜の開花基準木が植わっております。

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「東京都内では昨日!ついに開花を迎えましたあ!」

の、その開花を迎えたかどうかを決める基準の木です。コイツが咲いたら東京は桜の季節を迎えたことになるという、大っっ変な仕事を任されております。言うなればトウキョウチェリーCEO。

他にも美術館とか池とかボートとか、入れなかった寛永寺とか、なんだか探り甲斐のある公園のようだったので気が向いたらまたしっかり来たいと思います。

上野から新宿まで向かい、連れのハルさんが手帳を欲しがっていたのでハンズで2万円の手帳を推奨し、見事これを買わせた後はいつものように飲んだくれてハル邸で就寝。

あの手帳よかったなー

おいら来年買っちゃうかも。

翌日寄ったオペラシティのミュージアムショップで石上純也の作品展図録を購入。

これが大変お気に召しましたので紹介します。

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『balloon & gardens』

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『balloon』

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『little garden 』

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設計図

なんというか、この図録が一番の収穫だった気がします。結局のところ。

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2010/09/22

陰翳礼賛

浅草を脱出した後は乗り換えに次ぐ乗換えで一路六本木は国立新美術館へ。

ここはねー、以前来たときに撮り足りなかったので再挑戦を夢見ていたんですねー。

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いつ見てもステキ曲線。ステキ空間デザイン。

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コルビジュエっぽーい

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おや、この椅子は。

因みに目的は、ここで行われている展覧会

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『陰影礼賛』。

様々な個性を持った「かげ」にスポットを当てて、芸術作品やその歴史、流行の中でかげがどのように扱われ、どのような役割を果たし、どのように表現されてきたかを考え、かげの諸相に光をあてる展覧会です。

なんとこの展覧会、国立美術館コレクションによるもので、独立行政法人国立美術館の管理・運営する国内5つの国立美術館の所蔵作品が一処に集まる貴重なチャンス!!

絵画から版画、写真やインスタレーションに至るまで、西洋近世から内外の近代美術を射程として多角的に考察している本展、非常に素晴らしかったです。

ミュージアムショップに行って即図録購入いたしました。

あんまり素晴らしくその影響を受けてしまったので(笑)、ここからはミヤモトなりの陰翳礼賛をお送りします。

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展覧会閲覧に思った以上に時間をかけてしまって、出てきたときには18時過ぎ。世間様ではまだまだ外にいられる時間ですが美術館閉館もあってなんだか蛍の光的な空気に。

最近めっきり日が落ちるのも早くなったようで、なんとかかんとか夜景を撮ってみました。

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とはいえ、世間様ではまだまだ外にいられる時間でしたのでこの後はミッドタウンをぶらぶらしまして、美味しいご飯を食べました。

IDEEのルームフレグランスが超お気に入りでした。いつか買うかも。

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2010/09/21

その翌日



浅草を巡ってホテルに戻り、ケーキを食べた後はホテル最上階のバーですっかり酔っ払い。

バーでお酒飲んでそのまま部屋に直行とかすごい幸せ。


で、翌日は浅草の残りを回りつつ都内の中心へ。


残りとは言えそこはミヤモト。

浅草建築めぐりも欠かしません。

まずは


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旧山本屋総本家。

煮込みうどんで有名な店だったそうです。本店は名古屋らしいのですが、都内では数箇所でしか食べられないとか。

ここはそのうちの一店、浅草店だったんですが、現在は閉店しています。

因みに山本屋総本家、東京では秋葉原と人形町にあるそうです。


隣には

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和牛焼肉の平城苑。目立つ目立つ。

入り口には

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ブレーメンの黒毛和牛。


因みにこの地点からは

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スカイツリーが超キレイに見えるんですよ!まゆこさん!!



そして本日のメイン。

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欧風喫茶『アンヂェラス』

なんと築昭和21年。


002_3 『外観』


池波正太郎や手塚治虫も足繁く通ったというこの店、先代の社長が敬虔なクリスチャンで、教会をイメージして作ったそう。

内も非常によくできてます

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教会からインスパイアされただけあって、家具にもディテールが。

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この二人がけソファなんか、どことなくガウディの椅子っぽくて超お気に入り。

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店内に裸でつるされている蛍光灯は天使をイメージしているそうで、終戦当時の物資のない時代に、あるものだけで理想を具現化した試行の末だそう。

「先代の奥さん」と言っていたので女性なんでしょうが、社長、想いの強さを感じます。


肝心のメニューはなんと、

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梅酒入り、水出しコーヒー(ダッチコーヒー)。

欧風喫茶にある、ブランデーコーヒーの派生メニューです。

はっきり言って梅酒の味しかしないんですが、これはこれでなかなかいけます。

因みにこの店、日本で最初にダッチコーヒーを出した、東京最古の喫茶店です。


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こちらはオリジナルケーキ『アンヂェラス』。

フランスのクリスマスケーキ「ノエル」に元を得た、ミニロールケーキのホワイトチョココーティングです。

ミヤモトはレモンパイを注文したのですが、どれも上品な甘みとしっとりとした味わいの、大っ変素敵なケーキです。


ここ、浅草来るたびに寄ると思います。


気になる方は 食べログとかで検索してください。お店にHPとかはありませんがいくらでもヒットします。


続いて

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神谷バー。これは結構有名ですね。

因みにビル上にはアコムの看板が出ていたのですが、例によって景観上処理いたしました。アコムご関係者各位、大変申し訳ございませんがご了承ください。


ちなみにこの地点からは

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スカイツリーwith浅草のアレが撮れるんですよ!まゆこさん!!

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2010/09/09

あえてレクイエムには触れない



基礎体力を上げねば!!





先日、

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ハウステンボスへ行ってきました。


嘘です。

横浜へ行ってきました。

クラシックの演奏会を聞きに行くのがメインだったんですが、開場となる夜まではヒマがあったのでいつものようにハルさんと横浜巡り。


ミヤモト横浜は学生時代よく来てたけど、100%女の子に連れられて来てたのでみなとみらい付近しか来たことなーい


今回は横浜近郊の建物巡りでしたので、30男2人で山手地区まで足を伸ばしてちいさんぽ。というかちい小旅行。


まず向かったのは根岸線石川町駅出てすぐのイタリア山庭園、そこに聳え立つ

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『外交官の家』です。

元々は渋谷にあった、明治政府の外交官内田定槌の邸宅です。

見事なヴィクトリアン!!惜しむらくはあの木ですが。

当然中もスバラシキです。

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『応接間』


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『二階への階段(ハレーション無視)』


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『塔屋 遠景』


敷地内には鮮やかな植物たちが。


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絶妙なちっささがラブリーなこいつの名前は

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まさかのピンクノックアウト。


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こちらはホワイトクリスマス(名前確認しづらいと思うので画像クリックで拡大推奨)。


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オリンピックファイヤー。何かもう、そういうことなんだろうな…


続いては元町公園内の、ハルさんおすすめベーリック邸とミヤモトおすすめエリスマン邸。

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『ベーリック邸』


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『エリスマン邸』


スパニッシュなベーリック邸はイギリスの輸入商ベリック氏の、アメリカンなエリスマン邸はスイスの貿易商エリスマン氏の邸宅です。この頃の日本は開国したてで夷敵にブイブイ言われていた時代。黒船に続けと各国の商人たちが未開の地日本を土壌に稼ぎまくっていたんですなあ。

横浜には今も尚、そういった時代の文化や遺産が残されていて、異国情緒と呼ぶのにふさわしい空気が満ちていました。

せっかく元町公園まで来たので、記念に

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外人墓地。

外人墓地って、結局誰の墓なの?という人がいるようですが、明治期横浜に日本初の鉄道網を敷設する際に活躍した外国人工夫たちの墓地です。

入り口ではこのクソ暑い中おじいさんが寄付金をせびり取っていました。1口数百円の寄付金を払わないと墓地内に入れない仕組みですが墓参りに来た家族や親類はどうするんでしょうか。

ファミリーパスとか、あるんでしょうか。


さすがの暑さにおっさん二人はすっかりやられたので、いったん電車に乗って日本大通りへ移動。

駅前には

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横浜開港記念館。

レンガ造りの大規模洋館。ザ・ヨコハマであります。

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その尖塔はかの時計台、ビッグベンを彷彿とさせます。


横浜の建物は内部に入って撮影できるものが非常に多いのが特徴でした。なんか、いいの?すげー撮るけど、みたいな。

現在は市民の公会堂兼講堂・催場として遣われている開港記念館も開放されていたので、早速浸入。

中は大変広く、案内図が欲しいところ。


案内図…

案内図…


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逆に分からん!!


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『窓(ハレーション無視)』


この後さんざん歩いていろんな建物を見に行くものの、あまり各停栄えしないので割愛(T_T)

使えそうなのは

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関内にある、神奈川県立歴史博物館(旧横浜正金銀行本店本館)。

因みに画像右上にはビジネスホテル『HOTEL 東横イン』の看板がありましたが景観上処分いたしました。東横イン関係者の方々、大変申し訳ございません。


_mg_2919 柱。超コリント式!


_mg_2922 入口天井。超アールデコ!


というか、こういう銀行って真っ先に狙われそうな気がするんですがどうなんでしょうか…。


では最後のラッシュスパートです。

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『神奈川県立青少年センター』


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『青少年センター 庭部分』


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『横浜美術館』



ごめんなさい。そろそろきちんとした記事を書きますので。

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