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2014年9月

2014/09/15

もう壊されてなくなるということがまだちょっと信じられません。

 


実はこの記事は一度バグを起こしてイチから書き直しをさせられています( TДT)





ラルクのライブを見に国立競技場へ行って以来、ミヤモトなんとなく国立が気になっていました。

建築的に。


東京オリンピックの為に建造されて(そうではなかったことが後にわかりますが)30年以上その姿をとどめ続けたスタジアムというのは一体どんなことになっているのか。


そのすべてを見るチャンスがやってきました。


2020年の東京オリンピック開催に向けて全面改築がなされるため取り壊しの憂き目にあう国立競技場。

その取り壊しの前になんと、一般向けに見学ツアーが開催されていたのです。


時は5月22日。木曜日です。当然有給を取って行きました。


何故有給を取って職場の近くまで行くのかという疑問は心にしまいつつ、大雨続きで梅雨入りが心配される中一路国立へ。

当日は何とか朝から晴天に恵まれるものの、ニュースを見ればあらゆるお天気おねえさんが「傘持ってけ」的なことを言っていたので折りたたみだけ持ってゴー。


ちなみに各停読者のみなさん、国立競技場が建造されたあらまし、ご存知でしょうか。

東京オリンピックのために作られたと思っていませんか?

ミヤモトは思っていました(前述)。


実はこの国立競技場、東京オリンピックの少し前に行われた、アジア選手権のために建造されたのです。

少々面倒ですが去りゆく国立競技場に敬意を表してまずはその歴史をお勉強しましょう。


時はなんと大正13年。

当時青山練兵場跡地として国が放置していたこの土地に巨大な競技場を建造する計画が持ち上がりました。

大正8年12月に工事が開始されるもその後、物価の高騰や関東大震災の被災者の収容施設になったりで工事が中断され、大正13年3月にやっと工事が再開され同年10月に完成した、日本で初めての、そして東洋一の本格的陸上競技場は「明治神宮外苑競技場」と名付けられさまざまな競技に使用されていました。

ちなみにこの神宮競技場、第二次世界大戦時に学徒出陣の壮行会が行われたり、敗戦後は連合軍に接収されて「Nile Kinnick Stadium(ナイルキニックというのはアメフトの選手名らしい)」と名を変えて利用されていたりとなかなかのブラックな歴史を持っていたりします。

敗戦から数年後、日本は、「平和な日本の姿をオリンピックで世界へ示したい」として、オリンピック招致に躍起になります。

そのための国際的なアピールとして昭和33年、「第3回アジア競技大会」を東京で開催しました。

オリンピックがやりたいのでとりあえず違う大会を開催する、というのがどれだけアピールになるのかミヤモトにはよくわかりませんが、とにかくそのメイン会場として使用するために改築されたのが、正式名称国立霞ヶ丘競技場・陸上競技場。現在の国立競技場です。

建設計画の中心人物は、建設省関東地方建設局(当時)の角田栄と設計・デザインの片山光生。着工は昭和32年1月で昭和33年3月竣工。

あれよあれよで東京オリンピック開催が決定した後は、調子に乗って改装工事を決行。収容人員増のためのバックスタンドの増設、グラウンド地下道の新設、電光掲示盤や夜間照明設備の改修などのどさくさにまぎれてなぜか聖火台の移動も行われています

その後も昭和42年の「ユニバーシアード東京大会」をはじめ、サッカー天皇杯、高校サッカー選手権、ラグビー大学選手権、東京国際マラソン、トヨタカップなど、国内外の様々な大会に利用されてきました。

世界陸上やJリーグ開幕式などは、ミヤモト世代には記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。過去には三大テノール日本公演をはじめSMAPやラルク等の音楽イベント会場としても利用され、今日に至るわけです。


そんなこんなで見学に向かったわけですがこの見学ツアーなんと!

いくつか決められた見学ポイントを時間内に自由に行き来し放題撮影し放題という超太っ腹企画。

しかも見学ポイントにはトラックや聖火台といったここでしかチェックできない重要ポイントも含まれていて、好き放題近づいてOKとのこと。


国立ゴイスーです。


具体的には

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こんな感じ。航空写真にしたらちょっとわかりづらくなりましたが。


まずは①中央ホール。

このホール入口には1964年の東京オリンピックの金メダリストの名前が刻印されています。

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こんな感じ。当然みなさん撮影タイム。

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おかげでミヤモトモザイク処理能力が上がりましたありがとうございます。

すべての競技のメダリストが刻まれているので端から端まで撮影していると時間がいくらあっても足りない感じ。

なので抜粋して。

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こちら、『東洋の魔女』の異名を取った伝説の女子バレーボール日本チーム。団体競技はメンバー全員が刻印されるんですね。

ミヤモトさんがいるという奇跡付き。


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こちらは柔道。重量級の金メダルはあのYAWARAちゃんのおじいちゃん、猪熊滋悟郎のもでるとなった猪熊功(おじいちゃんはこの猪熊功と、柔道の創始者嘉納治五郎がモデル)

この猪熊功、大学時代に日本一になり卒業後は順天堂大学助手を務め、さらに警視庁に入庁して柔道講師として活躍したスーパーレジェンドな男。

オリンピックで金メダルを取った後も世界選手権と日本選手権を制し柔道史上初の三冠を成し遂げたとんでもない人なんですが、最終的に東海建設代表取締役を務めた後、「心身ともに最高の状態で死にたい」と当時の秘書に介錯を頼み社長室で自刃したというなんだか昭和カッコイイ人なのです。

ちなみにガタイが良すぎてなかなか死ねず、刃が刺さって呼吸が止まるまでに50分かかったらしいです。。。


ホールの中は・・・まあ普通のホールでした。いわゆるロビーというか。特筆すべき点はナシ。

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なんだかこの日のために運営がかっぱらってきた拝借してきたサッカー選手のユニフォームが。ちなみに誰のものかはよくわかりません。よく見てません。

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こちらはパネル展示されていた改修工事による競技場の変遷。劇的ビフォーアフター。

ベンチをいいものに変えたことで収容人数が激減しているというまさかの事実。


②は南入場口。客席スタンドの下をくぐってこの入場口からグラウンドに入っていく感じになります。

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いわゆるピロティになっています。うーん結構老朽化進んでます。

そして意外なことに

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なんとカフェテラスがありました。まあもう営業は完了しているのでしょう。

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この南門、何をそんなに集まっているのかというと

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こちらには第3回世界陸上の金メダリスト名盤がありました。

ここには世界記録を樹立した100mのカールルイスや、そのカールルイスを下してやはり世界記録を打ち立てた幅跳びのマイクパウエル、バルセロナ五輪での「靴が脱げた」でおなじみの男子マラソン谷口浩美などが刻まれています。

そしていよいよ③グラウンド。

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いよいよグラウンド!


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グラウンドーーー!


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芝生ーーーーー!


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スタンドーーーーー!


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トラックーーーーー!


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照明ーーーーー!


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掲示板ーーーーー!

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ちなみに芝はレベルを落として(目線を落として)きちんと撮ってきました。これがあの、負けた選手の欲しがる国立の芝です。

ところでこの芝、枯れてるところって見たことありますか?

どれだけの人が知っているかわかりませんが、芝、といっても要するに植物です。

冬になると普通は枯れます。

ところが国立の芝は、枯れません。

それは、1990年に始めた「ウィンターオーバーシーディング」と呼ばれる手法によるのです。


実は芝は温かい地方で生育する暖地型芝(夏芝)と、寒冷地で生育する寒地型芝(冬芝)に分けられます。

ウィンターオーバーシーディングは、9~10月頃、青々と茂るティフトンという種類の夏芝の上から、ペレニアルライグラスという種類の冬芝を播種することで、冬の間休眠して茶色く枯れてしまう夏芝を冬芝で覆い隠し、一年中グラウンドの緑を保つ手法なんです(実はミヤモトパパが造園設計士なのでちょっと詳しい)。

これ、従来ゴルフ場などで行われていた手法なのですが、大型競技場ではそれまで使われるような手法では決してなく、年間通して国内の重要イベント・試合を行いつつベストのコンディションを保たねばならないという課題の中で行き着いた斬新な芝生管理法で、後に全国のスタジアムのベースとなった画期的な方法なのです。


ちなみこのグラウンド、各所にいろんな仕掛けがしてあります。

フィールドの端っこには

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日差しがひどいせいでかなり見づらいですが、地下階段があったりします。

この地下階段、

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なんと場外の地下トイレにつながっております。

この地下通路、東京オリンピック開催に合わせた改築時に作られたものらしいです。驚き。

他にも第4コーナーの内側には

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織田ポールと呼ばれるポールが。

これはアムステルダム五輪で日本人史上初の金メダリストとなった三段跳びの織田幹夫選手を記念して造られたポールで、高さは織田選手の記録に合わせたなんと15m21cm。

三段跳びで15mってすごくないか!?

ちなみにこの織田ポール、2005年のSMAPのコンサート時にジャニーズから「邪魔」と言われたため取り外しができるように作り直したという、なんとなくイラッとするエピソードを持っています。


グラウンドを堪能したら次は⑤メインスタンドへ。

と思った矢先。

ここで悲しいお知らせです。


大雨です。


まさかの突然どっしゃ降りです。ちょうどスタンドに上がろうとしていたミヤモト達含め全員が、やむなくスタンドに退避する形に。

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当然スタンドへの行列が。

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そして誰もいなくなったグラウンド(トラックにいるのは係員)。

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ミヤモトは午後の部に参加していたのですが、午前の部の参加者はこの頃聖火台あたり。なんだか大変そうでした。


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こちらがメインスタンド。人が一か所に固まっているのは、あれより前は屋根がないので濡れてしまうため。

ちなみに上側の写真に載っている歌舞伎役者っぽいレリーフは相撲の始祖といわれる野見宿禰(のみのすくね)。下の写真のレリーフはご存知ギリシア神話の勝利の女神ニケ。この両レリーフの間に皇族専用の観覧席、ロイヤルボックスが設置されており、宿禰が日本的なもの、ニケが世界的なものを、またそれぞれ力を美とを象徴し、その中央に座る皇族がそれらの調和をあらわす、というデザインとなっています。

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こちらがロイヤルボックス。どうせだからシートはがしてくれればいいのに。

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ロイヤルボックスのあるメインスタンドにはエレベーターが設置されているよう。

エレベーター周りの石が気になったのでアップで撮ってみました。

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ハルさん、あっちゃん、これなんですかね?

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ねえ これ何ですかね??


雨がやまないのでこの間にスタンド下に設置された④貴賓室を見学。

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貴賓室にはさすがに入れないので入口からガラス越しに撮影。基本的には皇族他VIPの控室として使用されるそうです。

ち な み に 嵐がここでライブをやった際にこの貴賓室を控室として使用したらしく、写真手前のモニターでPVかなんかを流しつつ振付の最終確認をしていたとか。

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これが貴賓室。ガラス越しでもそれなりに撮れるのはミヤモトの腕です。マジで。

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結構広い。5人とかで使う部屋ではない。


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こちらは貴賓室へ降りる階段。やはりかなりの老朽化。これは立て替えも止むをえんかも。

スタンド下には他にも室内練習場や選手控室などがあります。

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これが室内練習場。まあ入場前に選手がアップとかする感じですかね。

ここにはなんと

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こんな部屋もありました。まあオリンピック用だからねえ。そうよねえ。

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そしての更衣室。ドキドキします(変態的なことではない) .


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おおーー  なんだか見たことあるようなないようなやつだーー。おおーー。

ちなみにプリントの説明によると、「10年ほど前から、更衣室内でシャンパンファイトを行う勝利チームが出てきました。部屋中がベトベトになって後片付けが非常に大変なのでうが、近年ではシャンパンファイトをしたい場合は事前申告制にしており、ブルーシートで部屋中を養生した上であれば実施してよいことになりました。」だそうです。

うーーん。。。


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更衣室はシャワールームも完備。


そしてそうこうしているうちに、

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晴れたーー!!


超快晴―!

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せっかくなのでパノラマ撮影してみました。何かの壁紙にどうぞ。


天気が良くなったので見学を再開。いったんグラウンドに降りた後、今度は北入場口からグラウンドの外に。

途中こんなものを見つけました。

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表彰台ーー。

この子が延々独占していたので誰も登ったりできなかったとさ。


⑥は学徒出陣壮行会碑前です。

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楽しいイベントですが決して忘れてはならないポイントです。

この碑は1943年に学徒出陣命令が下され、東京周辺77校の生徒が壮行会を迎えてから50年を迎える1993年、征って還ることのなかった方の胸中を想い、若い世代にこの歴史的事実を伝え永遠の平和を祈念するために建てられました。

ちなみにこの石碑の後ろにはなんだか場所が余ってるんだか、

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芝を育ててました。


ミヤモトも手を合わせて祈りをささげた後は⑦回廊を抜けていよいよクライマックスの⑧聖火台へ!!

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階段を上って回廊へ。ライブのときなんかはここからバックスタンドへ向かいます。

回廊を抜けて37番ゲートからバックスタンドに出ると

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聖火がちかいいいーー!


聖火を撮影するためバックスタンドの最後列まで上がります。

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一番後ろってZC列らしいですよ。もうここからだとフィールドの選手はゴミのようだ!!(ムスカ)

聖火撮影は当然長蛇の行列。連れの子猫に並ばせつつ待ってる間にあちこちで撮影してみました。

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バックスタンドから見る国立。新宿の街並みと相まってなかなか綺麗ですがこの景色はもう二度と見れなくなるんですね。

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バックスタンド端っこからパノラマしてみました。

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しかしバックスタンドってずいぶん急だったんですね。


そ し て 





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聖火キターーーーーー!!


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ミヤモトキターーーーー!!(初公開)


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子猫キタにゃーーーーーー!!


えーー。直径2.1m・高さ2.1mだそうです。

埼玉県川口市の工房で作られた鋳物の聖火はかつて工房の職人さん自ら定期的に磨きに来ていたそうですが、現在その職人さんは亡くなられ、工房は息子さんがついでいるそうです。

そして。既に高齢の息子さんの代わりに現在聖火磨きをボランティアで請け負っているのがなんとあの室伏広治選手。

2020年のオリンピック招致を願って有志数名と行った最後の聖火台磨きはメディアにも取り上げられ記憶に新しいところ。

ちなみにこの日聖火は灯りませんでしたが、火のついた聖火はこちら

Kokuritu

誰にも止められねえぜ!!


この後は⑨34番ゲートから回廊に出て

出たあたりでまさかのグッズ販売というテンションの下がるイベントに遭遇し、⑩北五門から解散です。

北五門を出る際に記念品を渡されたのですが、

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パンフレット代わりのペーパークラフトw


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国立競技場フェイスタオル!SAYONARA仕様!!


ちょっといい!!



次回は、ミヤモト新国立競技場に思うところあり です。

超~マニアックな建築バナシをする予定。


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