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2010年11月

2010/11/30

純然たる人間の生き様たるや、一部万死に値する



徳澤結婚したんですか!数ヶ月前!?へええぇー!





こんな記事も出てきました。


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環境破壊で餌をとることができなくなったホッキョクグマが、テントの残骸をくわえているところです。


温暖化によって流氷が溶け、移動範囲が狭くなった上環境が破壊され食物となる魚の数が減り、探査目的で訪れたキャンプ隊はゴミを散らかして帰り、あげくテントまで放置していくという昨今。

そんなことなら探査などやらなくてよろしい。


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こちらはアフリカでの一枚。


激しい干ばつにより、なすすべなく大地に朽ちるシマウマ。

まるで猫が通り過ぎるのをちらーんと見るように、地域住民が隣を通り過ぎます。


今、地球が危ない。


そう言われて幾年かが経ちますが、


今、人間が暮らしていく環境を維持していくためには地球が危なくなっている。


そう解釈している人はいませんか?


人間など、地球上に息吹く数万の種のただひとつだということをゆめゆめ忘れずにいただきたい。


お前などがのうのうと暮らしているから今、地球が危ない。


そのくらいに考えてちょうどいいのです。


明日起きて、家の前に朽ちたシマウマがいたらどうしますか?

想像してください。


私はそのとき、泣ける人でありたい。

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2010/11/29

あっ そう



理想のタイプは徳澤直子。

ただし、大抵の女性はイケます。





雑誌を片付けていたら(片付けないといつまで経ってもストーブが出せない)、またもや出てきました。


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ショートパンツとか履いてるし。


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どうしたんでしょうか。

このとき、なんか出てたんでしょうか。




切り抜き2枚、保管してあります。

受け渡しは忘年会で。もう新年会でもいいけど。

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2010/11/20

あ そ

KNOXステキ。

先日雑誌を片付けていたら、

こんなものが出てきました。

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なんと麻生久美子がグラビアに。

なんかミニスカートとかはいてるし。

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じつはこれ、ファッション誌『Men's Joker』の“一人芝居”というコーナーです。

こう、時代や流行に左右されない感じの鉄板美人を使って

“風邪を引いちゃった”とか“冬だけど元気に外出”とか、シチュエーションにしたがってストーリー仕立てで3,4ページグラビアをかざるわけです。

過去には平愛梨とかSHIHOとか、水川あさみとか、静かに凛とした空気を放つきれいどころが出演してました。

多分そのうち、篠田麻里子とか出てくるんだろうなー

と、思って久々にJokerを見てみたら、このコーナーなくなっていました。

ちょい、ガカーリ。

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2010/11/11

The Great Perrault



いつか、コメント読者が増えたらみんなでやってみたい企画がいくつかあります。

大喜利とか。





初台に行ってきました。

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ドミニク・ペロー作品展in東京オペラシティアートギャラリー!


結構、楽しみにしてたんです。久々の建築展なので。


オペラシティのギャラリーも、実は入るの初めてで。はやる気持ちを抑えきれずに飛び込みましたwktk


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入り口を入るとすぐに、ドミニクペロー建築スタジオのエントランスが再現!

壁では作品のスライドを上映中でした。


やっぱり、ドミニクペローと言えば、メッシュ(笑)。

とにもかくにもメッシュの人、というイメージしかありません。


ありませんでしたが、今作品展では彼の持つ、地形に対しての建築という「領域」そのものを分かりやすく捉えた作品を中心に、人工景観としての都市性を持った建築概念を紹介する、というたいそうスケールの大きいものでした。


『現代の建築家にとって、歴史がもはや十分な参照事項たり得なくなっているのはなぜだろうか。(中略)よって、地理的な問題に重点を置くあり方の高まりによって、今後我々にとっての建築の物理的な実態の重要性は一層高まっていくことが予想される。

(中略)かつて「壁」や「門」、「ファサード」、「屋根」などという限定的な言葉によって定義されていた狭義の建築という言葉は、「領域」の問題に答えるうえでもはや十分ではない。それゆえ、建築を景観の中で成熟した一要素としてとらえ、我々が生きつつある自然が(いかに奇妙に見えようとも)常に人工的なものへと変化し続けているという事実に目を向けるべきである。(中略)そして、これまで幾多の聡明な哲学者によって導き出された理論に則って、景観を何よりもまず我々自身の働きかけによって成立すべきものととらえるのであれば、「人工的なもの」こそは「都市」と同等の地歩にほかならない。』(ドミニク・ペロー エッセイ 歴史と地理 『建築と都市 architecture and Urbanism』 2009年9月号より抜粋)


こんな建築家がいたとは。

ライトのように自然を取り入れた建築家もいれば、こんな見地で自然を取り入れた建築家もいるんですねえ(ペローの言い方に倣えば、正確にはそれは自然を取り入れているとは言えないわけですが)。

考えてみれば、文中にある『建築を景観の中で成熟した一要素としてとらえ、景観を何よりもまず我々自身の働きかけによって成立すべきものととらえる』という考え方は、ミヤモトの『あらゆる建築はそこに建つ環境とともに存在し、一つのインスタレーションとしての利用価値のある空間でなければならない』という考え方に通じるものがあります。

作品自体が近代以降のヨーロッパ独特の派手で分かりやすいものということもあり、今回ミヤモトの中でペローのランキングが


ぐっ


と上がりました。



さてさてさて

だいぶ文字を書いてしまったのでここからは今回の作品展にも展示されていた、ペローの代表建築を紹介していきます。


H1201018_002 これは冒頭のパンフレットにもあった、ソウルの梨花女子大学。その、地階の廊下です。


Me こちらはバルセロナにある、ホテルME。

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ホテルME客室。

Me_3

ホテルME廊下。


Photo

欧州諸共同体司法裁判所(通称ヨーロッパ司法裁判所)内、

大法廷からメインエントランスへの階段

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ヨーロッパ司法裁判所内、メインエントランスからの大法廷入口


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ドナウシティタワーズ。

オーストリアはウィーンに2013年建設完了予定です。


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NHフィエラミラノホテル。遠景。

Nh

フィエラミラノホテル、断面図

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フィエラミラノホテル、受付レベル平面図


最近、写真の載せ方雑だなー…



因みにこの日は隣のギャラリーで近代版画の収蔵展が同時開催されていたので、そちらもチェック。


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『錆色の河』  柿崎兆


こんなんでした。

意外とアメリカの抽象表現主義作品とかもあってかなり落ち着きました。


No3

『干渉(飛散)No.3』 榎倉康二

これはなかなかよい。


来月辺り、いよいよあの近代アートを見に行こうかしら…





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2010/11/05

取扱説明書が、読めません。



>あっちゃん

忘年会を企画しました。近日中に遣いの者が行くと思います。





私の父は、五十台半ばから世の中についていくことを諦めた。ビデオの操作もできなかったし、社用の携帯電話を手に入れたときも、ドラえもんの道具くらいにしか思っていなかった。

私はそれをずっと、彼はもうおじいちゃんだから仕方がないのだ、と思ってみていた。

おじいちゃんは、自分の興味の範囲外はないものにする。新発売の電気髭剃りは瞬く間に使いこなすしカーナビの操作もいちはやくマスターするが、携帯電話は活用しない。図表はノートに罫線を手書きして作成する。

年をとるということは、自分というものの入り口を極端に狭めていくことなのだ、と私は納得した。

その入り口からは興味のあるものしか入れない。時代に乗り遅れようが、どんなに不便を強いられようが、興味のないものに入り口は決して開かれない。


さて、今私は「おじいさん化」について考えている。

私は父を年齢によっておじいさんだと決めつけたけれど、考えてみれば私自身が子供の頃から既におじいさんであった。世の中についていくことを、ハナから諦めているという点で。


では世の中とは何か。

私にとってそれは取扱説明書である。

取扱説明書は、世の中の象徴みたいなものだと私は思っている。

パソコンを買う。携帯電話を買う。デジカメを買う。組み立ての必要な棚を買う。なんと多くのものに取扱説明書がついていることか。ことに、パソコンや携帯電話、昨今出回っている機器の取説はぎょっとするほど分厚い。一体どんな宝のありかが書いてあるのかと思うほど分厚い。


何か新しい商品を買ったとき、たいていの人はわくわくする。新商品の入った袋を、あるいは配送されてきた梱包をわくわくしながら開く。ぴかぴかの中身を取り出す。その後の行動はぴっちり二パターンに分かれる。

まず取説を手に取る人とまず商品を手に取る人と、である。

私は完全に後者である。「わーい、わーい」と新しいものを手に取り、すぐに使おうとする。なにせ、電源を入れる、切る、程度の動作ならモノに関わらず取説など必要ない。しかし、その先必ず頓挫する瞬間が待っている。頓挫した後の行動も、ぴっちり二パターンに分かれる。しぶしぶ取説を開き、新機能を覚えようとする人と、ぜっったいに取説を開かず、電源入れる、電源切るでいーやべつに、と開き直る人である。そして私は、ここでもやはり後者である。

もうぜったいのぜったいに取扱説明書を開かない。

そんなもの見なくたって平気、というわけではない。

開いたところで、読めないのだ。

私はもう、悲しくなるくらい取説を読めない。書かれているのは日本語なのに、意味が全く頭に入ってこない。ラテン語を眺めているのとおんなじことになってしまう。


私の携帯電話は、わりと新しいものである。

新しいといっても2年くらい前のモデルなのだが、今やみんなが持っているiPhoneを始めとするスマートフォンが出る、本当に直前に出た過渡期の機種。

過渡期の機種なので、折りたたまない。タッチパネル。ブランド品。

古いものが使えなくなった時に買いに行ったところ薦められたのがこの機種で、説明を聞いているうちにぼうっとなって買っただけなのだが、それでも最終型非スマートフォンだからすごいのである。

音楽も聴けるし、迷子になったらナビ機能がついているし、テレビを見たりそのための番組表を見たり、ビジネスファイルも見られるらしい。ただし、その全て、何をどうしたらできるのか、私は何も知らない。音楽がどこに入っているのかも、どこの衛星が私をキャッチしてナビしてくれるのかもわからない。私の携帯電話は、準最新型でありながらメールのできるトランシーバーくらいにしか機能していない。

説明書を読めばいいのである。だって音楽聴いたりナビシステム使ったりしたいもん。実際、過去何度か「よっしゃー」と自分に暗示をかけて分厚い取説を手に取ってみた。

でもだめでした。読めませんでした。


全く不思議なことに、この難解な取説を、全く苦にしない人々というものが存在する。私の見知った限りでは理系男子、もしくは理系男子的な脳みそを持った女子に多い。彼らはわくわくと新商品の梱包を解くと、真っ先に取説を手に取る。まるで待ちに待っていた連載漫画を開くように、「ふんふん、ふーん、ふん」などとまるで鼻歌を歌うように納得の声を上げながらそのページを消化していく。そしてやおら機器の電源を入れ、そんな機能初めて見るわい、というような超上級者向け操作を難なく始めたりする。

そうして彼らは決まって、取説に触れもせず四苦八苦して商品と格闘してる私を「あらまあ、また人里に猿が下りてきたわ」という目で、ちらーんと見るのである。


商品にしてみれば、最大限に使われてこそ幸福な生涯だろう。私の手元に来る品々は、みな才能を発揮できないかわいそうなものたちなのだ。私はそれを重々承知しており、だから取説が読めないと分かっていてもそれらを捨てることはしない。部屋の一角には「取説コーナー」がきちんと設けられていて、ときたま、数年に一度、思い出したようにそれらを手にとって、何度目かのラテン語の解読に励んでみたりする。

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2010/11/01

おさ ぼ り



いやあ 年末だというのにお金がありませんなああ





風邪を治すのに思った以上の体力を使ってしまいすっかりさぼっておりました。

すっかりさぼっているうちにかったるくなってもうやめようかと思ったんですが、前回の鎌倉レポートの後半が残っているのでやっつけようと思います。


えーと、

まあ行くだけ行って色々見て、その翌日なんですが。

予定としては美味しいものを食べつつお寺さんとかを巡りながら、途中にある施設にぶつかっていこうということになっておりまして。


ゆっくり起きて昼頃に向かったのが


_mg_3446_2 松原庵。

お蕎麦屋さんです。

お蕎麦屋さんですが、なんと中は

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庭園のよう。

店内席とテラス席があって、お好きな席でお食事を楽しめます。

今回は中が混んでいることもあってテラス席をチョイス。

いい具合に席が離れていて、都内のオープンカフェみたいに閉塞感も見世物感もなく、ちょうどいい心地よさ。軽井沢の別荘のベランダのようでむしろテラス席推奨。


因みにこの松原庵、蕎麦屋さんですが

_mg_3451 なんとカフェ併設。

鎌倉の自由な空気を贅沢に利用した、のんびりとした空間を演出いたします。


_mg_3453_2

カフェの窓際にはワインコルクを使ったカワイラシスが。

そして窓の外の木には

_mg_3455 カエルオブスイング。


ここでは豪勢に

Img_0548 鴨南蛮を。

写真が見切れていますが私が撮ったものではありません。あしからず。


鴨がたいっっっへん美味!!

出汁がたいっっっへん美味!!

ミヤモト史上ベスト5に食い込む蕎麦を提供していただきました。


_mg_3449 そしてビールをいただく。

まっ昼間から。

まゆこさん大喜びです。


ごはんの後は大通りに戻り、一路お寺へ。目指すは鎌倉大仏。


目指すは鎌倉大仏なのですが、

その途中に鎌倉文学館があるので立ち寄り。


因みにその途中。

_mg_3440 こういうほっそい道が出てきたりします。

なんというか、路地。

家と家の間の、横幅ギリ人2人分くらいの道。都内なら完全に痴漢注意ですが鎌倉ではれっきとした道みたいです。


そして、この道を抜けると

_mg_3443 突然線路が。

しかも向こうに続いているという。

鎌倉ではよくある光景です。

この踏切(踏切はないけど)のすぐ右手は

_mg_3444 江ノ電由比ガ浜駅。

PCで打とうとすると「由比」が非常に打ちづらいです。


尚、鎌倉にはおかしな踏切(踏切はないけど)だけでなく、

なぜか入り口が線路に向けてある民家やお店がいっぱい。

_mg_3532 甘味処『無心庵』はその代表です。

なんと入り口が線路に向けてあるのに踏切がない。。。

しかし驚いている間にも地元の人はすんすんと線路を渡って入っていきます(笑)


_mg_3460由比ガ浜~長谷地区にはこんな素朴風景も。

なんか、ステキ。

今回のベストかもしれん。


で、着いたのが

_mg_3465 鎌倉文学かーん


昭和11年に建てられた、旧加賀藩主前田ナントカの元別邸です。

一時期は佐藤栄作元首相が別荘として利用したり、三島由紀夫の小説に出てきたりと大活躍を見せておりましたがその後、鎌倉市に寄贈され現在は国の有形文化財として登録されたうえ文学館として公開されております。


庭にはバラが。

_mg_3468 なんとこのバラ、

鎌倉  


という品種だそうです。この地で生まれたのでしょうねえ。


_mg_3492館内には印象的なステンドグラス。


因みにミュージアムなので館内は撮影禁止です。

このステンドグラスがどうやって撮られたのかは教えません。


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こちらは鎌倉文学館近くの「長谷こども会館」。

設計者・施工者ともに不明ですが建設は明治41年とされています。

鎌倉文学館同様、誰かしらの別荘として利用されていたようですが

関東大震災によってその施設の大半を失っています。


実は写真すぐ左には児童公園が併設されていて、特定の曜日、特定の時間帯に開放される建物の中にはポケモンの本とかブロックとかドラゴンボール全巻とかが設置されています。

まあ、市民センター的な?


因みに震災前は別館が併設されていて、住宅地となっている近隣の敷地が庭園になっていたといわれています。


_mg_3502

さすが明治の別荘建築。外観意匠のまああ華やかなこと!昭和建築とは大違いです。


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さすが明治の別荘建築。窓の開き戸を木で作る!

いい味ですなあ・・・


_mg_3507 ポケモンとかドラゴンボールとか…

全巻とかまじびびる。

というか、


しないしないといいながらしっかり鎌倉建築を抑えるミヤモト。ふぇっふぇっふぇっ。


で、かっ飛ばして鎌倉大仏へ。

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あれ?こんな頭でかかったっけ?これ何頭身よ?ガチャピンとそんな変わんねんじゃね?


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こちら大仏ベスト。でけーなあオイ


_mg_3529 秘技!!

肩甲骨うぃーん!!


この後鎌倉観音を見に長谷寺へも行ったのですが、肝心の観音様はお堂の中におわしましたので撮影禁止。

ひたすら境内の花とかを撮ってました…


P2010_1014_165718 お土産です。

待ち受けとかにするといいよ。

あと将来鎌倉さんと結婚することになったらなんとか表札として譲っていただけないか店に交渉してあげます。








おまけ


帰り際喫茶店で選ばせてもらったコーヒーカップ。

Img_9303 なんと

Img_6806 にゃんこちゃん。

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