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2010年8月

2010/08/31

建築巡礼 3




今年も行われたあのTV番組のスタッフよ

全国から体の悪い人を集めて感動を誘うのをやめろ。

2日目にプロとは思えない態度で画面に映るおまえたちの商品になるために体を壊したわけではない。





あしかけ3回、建築巡礼もいよいよ本命です。


目的は、子供の頃から一度は行きたくて、なぜか行かずにいたら大人になってしまった東京の銘建築、その名も


東京カテドラル聖マリア大聖堂


設計は世界の丹下こと丹下健三です。

なんか、

世界のナベアツみたいでいきなり凄さが激減しましたが、 知っていますか? でも紹介した、日本モダン建築の第一人者です。


有楽町線護国寺駅を出るとすぐに講談社がお迎え。

すげー!講談社って駅から社員用通用口が伸びてるんですね。

社屋はなんか裁判所みたいな重々しい威厳と空気とセキュリティに包まれていて、うっかり写真を撮るとつかまりそうなので断念。


そのまま地図に従って進もうとすると、すぐに人が通らないようなほっそい道へ。

なにせ横幅がひと2人分くらいですもので、


これは…

ロストしたか?


と思いつつ、地図が確かにその道を示していることを信じて前進。こえーよーこえーよー

まわり建売住宅ばっかりやしー


と思っていたら


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見えてきた!

というか合ってた!w


俄然テンションを上げつつひたすら目標物に向かって猛進。

ものの数分で


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ついたー!!待ちにマターー!!


しかし・・・

なんか、ミヤモトの知ってるのと形が違うぞ。

と思ったら、

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なんとこれは正面ではありませんでした。


教会の正面が正門を向いていないという珍しい建物です。

まったくの推測ですがおそらく宗教上の理由からかと思います。

教会は下側が長い菱形をしていて(ちょうど凧のよう)、正門を向いているのは正面を向いて右側にあたります。

要するに写真左が正面。


しかしこれは…


でかい!!


思った以上のスケールです。


とりあえず、③④⑥は工事中だったので、大聖堂正面に回ってみようと左を向くと


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鐘塔!これもでかい!


そして素敵な丹下直線。面のとり方が絶妙です。

この鐘塔に据えられた4つの鐘は、日本各地の鐘の音色を研究して日本的な音色を出すよう苦心した末、ドイツで特別に作られたもの。建築としてだけでなく、宗教施設としてもたいへん立派な教会なのです。


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鐘塔アップ。


そしていよいよ!待望の!


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これぞ東京カテドラル聖マリア大聖堂。

これぞ丹下健三。当然本日のベストです。


この教会を見たときに、

私は泣きました。


圧倒的なスケールと、にもかかわらず柔らかで、“ただ、ある”という偉大な宗教のあり方を、この大聖堂を前にした瞬間に肌が感じ、優しく包まれるような思いに何もできなくなったのです。

救い、という概念を、理屈でないレベルで感じることができた自分をうれしく思います。

私は神を信じているわけではないのですが、もしもこの更な思いを忘れずにいることができたなら、あるいはいつかその身に届くことがあるのでしょうか。

幼い頃にこの大聖堂と出会っていれば、間違いなく洗礼を受けていたと思います。



ちなみに、正門からの写真とこの正面写真を見て、その形が想像できるでしょうか。

なんとこの教会、上から見ると

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十字架になっています(写真はポストカード写真の取り込みです。禁無断転載)。頂から緩やかに曲線を描いて降りるステンレスの外壁はまるで、キリストの光のよう。

日中は十字架部分から聖堂内に光が差し込み、光の十字架が現れます

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過去にも言いましたが、建築はそこに建つ空間と調和し、施設として利用価値のあるインスタレーションでなければなりません。

教会を作れ、と言われて、学校を作れ、と言われて、ただその建築家がすごいことをわからせる建物ができたとしてそれは建築として評価の高いものでは決してないのです。


そんなわけで、宗教に馴染みのない日本人が教会を設計するというのは果たしてどれだけ凄いのか、と前々から思っていたんですが、

タンゲ・ザ・グレート。

世界の丹下ここに顕れりです。


なお丹下健三氏死去の際はこのカテドラル大聖堂にて式が執り行われ、遺体もここに安置されているとか。数年前のお話です。


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わかりますか?この微妙な曲線。


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こちらは斜めアングル。

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大聖堂入り口。この直線!このプレキャスト石張り!


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大聖堂扉。扉としての使用はされていないようですが、これが3辺に。


なお、内部は当然撮影禁止でしたが、買ってきたポストカードに写真が載っていたのでアップします。禁無断転載。

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扉のついていない奥側は大理石を通してキリストの象徴、大十字架に光が差し込むつくりに。なんとこの十字架全高16メートル。



そして聖堂脇には「ルルド」という名の施設が(MAP⑧)。

行ってみると


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人口の洞穴。礼拝所?

近くの看板を確認すると、

『キリストの母マリアが、150年ほど昔フランスの片田舎ルルドのはずれにある洞窟でベルナデッタという娘に転生し、人々の改心のためお祈りになることをお勧めになりました。その証として(ここちょっと意味不明)、水を飲みそれに浸かると不治の病が完全に治るという奇跡が起きる霊泉がわいたそうです。

今日も尚続いているその現象は厳正な科学調査の末その事実を認められ、そこに建てられた教会には全世界から数十万の参詣者が訪れるそうです。

聖マリアの名を冠するこの大聖堂では、彼女への信心から実物と同じ大きさでフランス人宣教師によって建立された』

そうです。看板要約。

これはさすがに泣き出すものではなかったんですが、以前見たニコライ堂にもあった同じような礼拝所(そこは屋根の下に燭台と像があるだけのスペースでしたが)を思い出しました。



建築としても教会としても、これまでで一番のものでした。

機会を見つけてしょっちゅう行きたいと思います。

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2010/08/29

建築巡礼 2

 



平日にふらっと出かけた建築巡礼、第二弾です。


水道橋で元町公園を見た後は、その足で飯田橋まで戻り、有楽町線に乗り換えて護国寺へ。

この護国寺は今回の大本命につき、次回の更新へと見送ります。

この後、護国寺から再び有楽町線で池袋へ。


実はミヤモト、池袋には生まれて3回くらいしか行ったことがありません。

しかも、中学のときに人に連れられて。

一人で現代の池袋歩くの初めてー

ちょーこえええー

ちょーこえええー



目的の建物は、西口を出て徒歩10分ほど。

途中でいかにも池袋っぽいがきんちょどもとすれ違い、おや?と思ったらうわさの西口公園。

おおー

コレがイケブクロウェストゲートパーク…


悪ガキで有名な池袋ですが、なんだかんだ豊島区なのでノリが微妙に埼玉っぽいw


そんな西口公園を尻目にずんずん進むとすぐに人の少ない住宅街へ。あら、池袋ってこんな感じなのね。


途中なぜか「婦人之友」社の看板に迷いつつ(近くにあるらしい)、地図を頼りに進んでいくと…


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ありました。『自由学園 明日館』。

設計はかの巨匠、F・L・ライトです。


時は大正10年。羽仁吉一・もと子夫妻によって女学園‘自由学園’が創立されました。

羽仁夫妻は友人であった、ライトの愛弟子遠藤新を通じて、当時帝国ホテル設計のために来日していたライトへ校舎の設計を依頼しました。

もともと親日家であったライトは、羽仁夫妻の教育理念に深く共感し、設計を快諾したそうです。

『п』の字型校舎と、道路を挟んで向かいにある講堂からなる明日館は、昭和9年に自由学園が東久留米市に移転した後は卒業生の活動の拠点として使われていたそうです。

幸いなことに関東大震災や太平洋戦争の被災を免れ、戦後は生活学校(世に言う青空学級)としても使用されたとか。


ちなみにこの羽仁夫妻、一体何者かといいますと


なんと婦人之友社の創立者。


ああーそれで。


この明日館、国の重要文化財に指定された現在も、「建物である以上、使ってこそ残した価値がある」という考えの下、使いながらの保存(動態保存という)を行っており、会館事業や公開講座などのイベント用に貸し出しをしているとか。


この日も何か、どっかの団体がビアガーデン的なイベントで貸り出したようで、入館料を払うと生バンドつきで庭での食事ができるそう。

ミヤモト夜に食事の予定があったので、少々もったいなかったのですが見学のためだけに400円払ってイン。


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東側教室棟と庭。超ライト。超草原様式。そしてやっぱり大谷石がふんだんに使われていました。

東側教室等は現在受付や事務室のほか、婦人之友社の展示室がありました。


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庭に置かれていたイス。蝶番の十字がモダン。



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こちらは会議室。ちなみに入館時点で18:00を回っており、館内照明がついていないため画像がたいへん悪うございます。実際の具合はぜひ直接見に行ってください。


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ホール。1枚目の写真の内部にあたります。

学園時代は毎朝朝礼が行われていたそうです。


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ホール設置のテーブルとイス。当然ライトデザイン。


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こちらは食堂。秀逸です。おそらく明日館イチの見どころ。


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照明もライトデザイン。ライトさん、インテリアや雑貨のデザインも積極的におこなっているんですよねー。


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食堂別アングルは明日館ベストショット。

ちなみに写真奥側の小食堂は当初テラスだったそうですが、生徒の増加のため後年遠藤新によって設計し直されたそうです。


食堂から階段をのぼると、ホールのロフト階に上がれます。

ここにはライトや明日館の歴史なんかに関する展示が。


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出ました。

伝説のライトタワー(笑) 間接照明のはしりですが、これが製作されたのは昭和一桁の時代だということを忘れないでください。


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明日館全景。建築模型撮影できたの初めてです。見学者にやさしい自由学園。

こうしてみると独特の幾何学装飾のほかにも、軒高を押さえて水平線を強調した立面がいかにもライトの日本建築ですなあ。


この後は西側に移り順次見学していきましたが、作り自体は東側と変わらないため今回は割愛。

敷地内には売店もあったのでのぞきましたが、ライトタワー(25万円くらい)のほか、デザインのインテリアや雑貨がごっそり売ってました。フォトフレームがすごいほしかったので、お金ができたらまた来ようと思います。


最後に道を挟んで向かいにある講堂へ


行ってみたのですが。


本日はイベント貸切のため入館時間がイレギュラーとなっており、講堂部分は通常の入館時間が過ぎていたため入れませんでした。

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とりあえず外観のみ。

ここはホント、きちんと取れなかったし入れないとこあったしちゃんと見れてないしなのでそのうち、改めて来てみたいと思います。

講堂は特に、帝国ホテル建設の滞日期間が過ぎたためライトが帰国したため、遠藤新の設計とあって(しかもイベント時に300名近く収容可能との記載がパンフにあったので)興味しんしん。

パンフをよく見ると、ウェディング用の施設貸出もしているそう。

あーー   いいっ!!


ここでなら結婚式してみたいわ!

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2010/08/28

建築巡礼 1





長編、始まります。



やや前の話になるんですが、平日にヒマができたので一人で都内を巡ってみました。

最近きちんと写真撮ってないなー!

最近建築見に行ってないなー!

と思っていたので、事前にめぼしい物件をチェック。

夜から予定があったので、なんとか時間内にめぐりつつ、一本本命を入れたりなんかして、昼前くらいに出発。


今日から3本立てでお送りしたいと思います。


まず向かったのは、水道橋駅から徒歩5分、外堀通り沿いにある

元町公園。


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何かに似ている、と思った方はかなり鋭いです。

この公園、関東大震災を経て復興された、昭和最初期の公園です。

要するに、あの取り壊された同潤会アパートと同じノリです。

正門(上写)の門左側には「昭和5年開園」の文字が見えます(いやこの写真では多分見えません)。


正面階段を上った突き当たりには、

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アーチの壁泉。残念ながら水は流れていませんでした。

左右の階段はそれぞれ別の小広場に通じていて、二つの小広場はちょうど、この壁泉の上に位置する大広場へと合流しています。階段状の地形を利用した菱形構造です。


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左側小広場(下から)。藤棚と壁面デザインが秀逸。


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こちらは右側小広場。壁面の十字ディテールはこの公園のトレードマークのようでした。

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いたるところに。中世意識でしょうか。


とりあえず右側小広場を経由して大広場へ。

ボール遊び的な大きい広場に、ブランコやベンチがある中、独特の砂場と滑り台が。

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何が独特かといいマスト。


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左右対称!それでいて昭和デザイン!

うわー

昭和建築やわー


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雲悌も対称!

まあ、これはこんなもんか


大広場の端には一段高いテラスがあって、そこにはやはり左右対称に配置された一対の藤棚が。

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整えられた建築の美しさを知ります。


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テラスからは東京ドームが一望できます。


ちなみに、この写真を撮ろうとして敷地の端っこギリギリに寄ったら、いたるところにセミの抜け殻があって鳥肌が立ちました。シャッターを切ったら画面内に15匹くらいいる感覚だと思ってください(おおげさではない)。


東京の人間はたいてい夏になるとセミにひどい目にあった記憶を持っているのでミヤモト本当に泣きそうになったんですが、そんな中なんとかがんばって具合のいいやつを切り取りました。

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タイトルは『涙をふいて』にします。もしくは『動けない』とか。


涙をふいた後は、階段を下って左側の小広場へおりていきます。

おりてみてわかったんですが、この公園はこの左側の小広場が本命でした。

元町公園にいらっしゃる方はぜひミヤモトと同じ、“正門→右側小広場→大広場→左側小広場”の順で見学をしてください。


で、どこら辺が本命かというと、

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開園当時のままと見られる鷲の彫刻があったり、


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ルネッサンスまんまのベンチスペースがあったり。

中でも極めつけは、大広場から小広場へとおりてきたその階段。


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完っ全な昭和カスケード!!


やっぱり水は流れてませんでしたが、公園全体に流れる、中世ヨーロッパ庭園の造園手法、同潤会に通じるアールデコのデザイン、ここに極まれり。まさか東京ドームと東大の間にこんな場所があるなんて、今までまったく知りませんでした。

この写真がおそらく、藤棚と並んでこの公園のベストショットですがこちらはロケーションに助けられたようなもんです。


ちなみにこの元町公園、大型体育施設建設計画によって現在取り壊しの話が持ち上がっているそうです。

現時点では文化財保護審議会や景観審議会にきちんと諮問していないなどの理由で、文京区都市計画審議会が継続審議中だそう。

ミヤモトからは何も言いませんが、行くならお早めに。



次回は池袋。

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2010/08/23

ゲットだ(った)ぜ



最近、『hyde ロング/昔』などの単語で検索して各停にたどり着く方が多数。

それにしたって検索結果の20ページ目とかにありましたよ?ご苦労様です…





ついこの間。

我が家に新たな家族が誕生しました。

そしてすぐいなくなりました。

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ピカチュ

ハムスターのねぎ(オス。確か。)です。


友達が旅行に行く間預かることにした!

と、妹が突然持って帰ってきました。

アレルギー持ちとかいたらどーすんの!!


まあ、幸い我が家にその手のアレルギー持ちはおらず、みんなして毎日毎日かわいがる日々でした。


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かーわいいーっ


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かーわいいーっ!



せっかくなので、ねずみと言えばあのクルクルでしょう!とカメラを構えて待っていたものの、

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隠れてばっかりでいっっっこうに運動する気配茄子。

ミヤモト待ちきれず、


ひょいっ


とつかんで、


ぽいっ


とクルクルに投げたら

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すっとぼけた後


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クルクルしだしました。

へーい

回れ回れーぃ



そんなねぎさん、割り箸をちらつかせるとかじりつき、夜の19:00になると異常なまでに檻をかじりだして止まらないという特技を3日3晩にわたって披露した後、

帰ってゆきました。



入れ替えに妹が持って帰ってきたのは

大阪土産のお好み焼きせんべいでした。

お好み焼きというか、かつお節の味しかしませんでした。

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2010/08/18

平和へのよるべ





長々と書いてきましたが、いよいよ武蔵の森公園突入です。




この公園を語るには、まず調布飛行場ができた経緯からお話しなければなりません。



時は昭和13年。日本国陸軍省は航空試験飛行及び陸軍の訓練飛行用の施設を多摩に建設することに決めました。

予算は陸軍省のほかに逓信省航空局、東京府から出し、基礎工事の際には近隣の中学生や府中刑務所の受刑者らが動員されました。

最終的には飛行場は陸軍が独占利用する形となり、首都防衛の大儀の元に、戦闘機『飛燕』を始めとする陸軍飛行部隊が配置。太平洋戦争の戦況が悪化する昭和20年ごろには、本土急襲のために飛来したB29などの爆撃によって、飛行場及び周辺に爆撃がおこなわれ多くの死傷者が出ました。その際の銃弾跡などは今も付近の施設に残るといいます。



飛行場の隣に併設された、この『武蔵の森公園』はそんな戦争の跡を残すべく、市民団体等によって作り変えられた憩いの場。経緯が経緯だけに、災害時の避難場所や用水所としての機能を果たすよう考えられて作られています。


というわけで、見たかったのはこれ。

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戦闘機『飛燕』用掩体壕(えんたいごう)1号。

掩体壕というのは、戦争中残り少なくなった戦闘機を敵の空襲から守るために作られた格納庫。

有事の際は戦闘機にロープをつけて人力で引っ張り、飛行場まで運んでいたそうです。

調布飛行場付近にはかつて60基の掩体壕が建設され、戦争を経て今尚残るものは合計4つだそう。

そのうちの2つがこの武蔵の森公園にあります。


掩体壕近くには

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飛燕と掩体壕のブロンズ像。


そして近くには

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掩体壕2号。

因みに掩体壕後ろ側は

Img_2473 なんとジブリ風。アリエッティに最適です。


まあ出だしから一気にやや思い空気で駆け出してますが、公園自体はとんでもなく広く、自然に囲まれた気分のよいところです。

Img_2466 井戸が湧いていたり。超~冷たくて気持ちよかったです。


広大な敷地からは

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調布飛行場が一望。でかいでかーい


Img_2532 このあざやかさ。


Img_2514 ここは…

30と26の兄弟で来てはいけないっ!!

尚、この池の水は災害時飲用として用いるそうです。うーむ。


ぐるっと巡っていると、階段が設置してある小高い丘を発見。

登ってみると…


Img_2523 ふるさとの丘。

Img_2521 邪魔。


ふるさとの丘には46都道府県の名産石がレリーフになっていました。

Img_2525 これはどこの県だか忘れましたが…

まあ、こんな調子で46コ、レリーフが。

Img_2531 これもいいですねえ。


Img_2529 これは頑張ってる店員さんに。大分県です。




では本日のベストたちを。


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『トイレ』


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『碧道』



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『Teardrop』



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『Pu-Taro』

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2010/08/16

あめのいろ、そらのあじ





さてさてさて。

「飛行場とか公園とかに行こう!」と思いたったはいいものの、いつものように寄り道に告ぐ寄り道で一向にたどり着きませんが。


まあいい加減おやつの時間だしってことで調布飛行場へ直行。


以前もお伝えしましたが、この東京の外れの片田舎にある飛行場では、大島、新島、神津島への飛行機が発着しています。

Img_2438_2 ほぅほぅ。あっちですか。


あっち…

あっち…

Img_2423 …空港?

いや株式会社とか書いてあるしなぁ…

もうちょい奥かしら…


もうちょい…


Img_2424 え ここもう空港!?ここ空港の中なの!?

いや、だって…

Img_2443 すぐそこに味の素スタジアムがあんねんけど…。

ガードレールと車道があんねんけど…。


ま、まあとりあえず奥行ってみよか…


奥…

奥…


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奥…



と、終始こんな環境でした。

目的の空港(ターミナル)は、ここをさらに奥に進んで

Img_2430 このほっそい道を進んでいくと


Img_2434 確かにありました。

こんなんなぁ、よう来られへんっちゅーねん!!誘導員立たせとけ!


ターミナル内部は

P2010_0813_165624 こんなでした。ちっちゃくてもちゃんと空港!ちょっと変な感じです。

島までの運賃は片道1万円程度でした。

これは、マジでけっこう気軽に行けるなあ…


因みにこの日はお盆ということもあり、どうしてなかなか夏の格好をした家族連れが結構出発待ちをしてました。

いるんやなー、ここから旅立つひと。


出発を待つ間に利用するんでしょうか。

近くにカフェがあるという貼り紙を見つけたのでいったんコーヒーを飲みに行くことに。


空港の敷地内と思われる土地の外れ、途中に聳え立つ管制塔のまああ立派なこと!そしてまああ浮いていること!

Img_2437 日本広しといえど、芝生に囲まれた空港管制塔はここだけじゃないんでしょうか。


そしてターミナルから歩くこと約5分強(普通でも空港の端から端まで歩いて5分はかかると思うのですが、ここは空港の敷地内であるにもかかわらず雑草を両脇に歩道を歩いたりするのでいかんせん騙されている気がしてやまない)。

Img_2445 その名もプロペラカフェ。

どう見ても雑居ビルです。

どう見ても雑居ビルなんですが、

Img_2456 なんとガレージ併設。

お金を払うとコクピットに乗れたり、写真を撮ってもらえたりできるそうです。

当然窓の外は

Img_2459⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーーーーーーーン


店内は意外にも人が結構いて、おじいちゃんが山盛りフライドポテトとかを食べてました。割とシュールでした。

隣の席に座った子供は遠足に行くようなちっさなリュックを下ろして、ブルーハワイフロートの上に乗っている飛行機形のアイスを美味しそうに食べていました。

これから見る空の味をかみ締めていたんでしょうか。


ミヤモトはコーヒーとシフォンケーキを注文。シフォンケーキがびっくりするくらいぱっさぱさでびびりました。多分あの日以来の注文だったんだと思います。

ところでこの日、東京西部には大雨・雷・洪水注意報が発令されており、日中は熱中症寸前の晴れ模様だった空も15:00ごろから次第に曇天に。


そうとは知らないミヤモト、当然

Img_2461 大雨に。

自転車に荷物を置いたまま、1時間半ほどカフェから動けず。

これはもう帰るしかないか…

と、テンションガタ落ちのままずぶぬれ覚悟でダッシュ。

途中ターミナルで雨宿りをし、そこにあったビニール傘をかっぱらい拾い、なんとか雨をしのぎつつ歩いていると…


奇跡の雨上がる!!


日頃の行いがっ!

と思いましたが、果たして本当に私の運は天気がよくなるとかに使ってしまっていいのか、疑問が湧く。


ともあれ、雨も上がったので早々に飛行場に別れを告げ、お隣の公園へ行くことにしました。


次回、ついに本丸到着。

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2010/08/14

予告どおり?



近いうちに、転機。





さてさてさて。


先週の予告どおり、自宅から自転車で15分ほどにある調布飛行場ならびに併設されている公園へ行ってきました。


今回も当然前後カゴ付きのママチャリ&弟随伴。


とりあえずま、行こうやーってなもんで自転車をこぎつつ、まずは準備運動(?)代わりに多磨霊園へ寄り道。

目的は

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霊園内にある納骨堂、通称“みたま堂”。


この納骨堂は以前本丸到着(写真いっぱい)でも紹介した、内井昭蔵の設計によるものです。

多磨霊園、走りに行ったり春に夜桜を見に行ったりできちんとみたま堂を見に行ったことがなかったんですよー。


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『霊堂 外観』


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『霊堂正面(出入不可)』


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『霊堂への通路 外観』


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『霊堂への通路 内観』


さすが内井先生、線と面の使い方が絶妙です。

多磨霊園のすぐ前にはこんなお店が。

Img_2385 カフェやまもも。

なんだかステキなお店です。最近できたんでしょうか。因みにカフェとは名ばかりの、ステキ甘味処でした。


お盆ということもあって多磨霊園は参拝の方でいっぱい。早々に引き上げて調布方面へ。


しばらく走るとおっきな公園に。おや?もう着いたか?

と思ったら、目的の公園のすぐ近くにある“野川公園”でした。

ここちっちゃい時よくおとんと来たわぁ。

懐かしいから寄ってこw。


Img_2388 わーひろーい るぴの遠足とかここでやればいいのにー


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ん?なんか用ですか?


Img_2403 公園のアスレチック懐かしーい!頑張れ子供たち!

あとそれは上に乗って走るやつじゃないぞ子供たち!


せっかく野川公園まで来たので、もう一つ寄り道しないといけない場所があります。


それは


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近藤勇生家跡。


このあたりに住んでる人にはたいそう有名なのですが、日野・府中・調布・小金井・三鷹にまたがる、いわゆる武蔵野と呼ばれていたこのあたりの地域はかつて新撰組として名を馳せた近藤勇や土方歳三、沖田総司の起源となる土地なのです。

なかでもここには近藤が生まれた宮川家(近藤は後に養子に出たため姓が変わる)の跡が残されています。

屋敷の跡はもうすっかりありませんが、近藤が産湯をつかったとされる井戸は今も尚保存されいています。


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因みに、この付近の龍源寺というお寺は宮川家代々の墓があり、近藤勇の墓(及び墓像)もここにあります。


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因みに、当然のことながら去る新撰組ブームの際には全国各地から観光客が訪れ、付近にも『誠』ののぼりが掲げられていてそれは盛り上がっておりました。

なんでも‘新撰組ゆかりの地を巡るツアー’なるものまで開催されていて、日野の試衛館(近藤・土方・沖田が剣術を磨いた道場。近藤の養子先)では天然理心流の演舞がおこなわれていたとか。見たかったわー


そんなこんなで結構時間を食ってしまったので、大急ぎで調布飛行場へ。野川公園から自転車でわずか3分。


わずか3分ですが、続きはまた今度。



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2010/08/09

むしろ がんばれや



最近、仲良くなろうとして失敗した人がいます。





この間、クーラーの壊れた部屋で一生懸命PSPに熱中していたら、ミヤモトが生まれた頃からあったホームセンターが閉店し、違うホームセンターとして生まれ変わったという話を聞いたので、弟に道案内をしてもらい行ってみたのはいいけれどこれが微妙なお店だったので記録しておきたいと思います。


行ってみましたのはくろがねや調布店。


以前は東宝グループの経営する、ちょいちょいクワマンが出没することで有名なゴルフ練習場を併設した立派なホームセンターだったので、きっと今度もステキ工具とかが売っているに違いない!なんかくろがねや聞いたことあるし!と思い、机の材料でも探しに行ってみっかー、と出かけました。前後カゴ付きのママチャリで。


ミヤモト基本職人なので、材料とか工具とか大好き。ということでワクテカで行ってはみたのですが、まず出てきたのが

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愛と勇気の扇風機。

いや、いいんだけど、もう少しセッティングを…。

ゴミじゃねんだから。


まあ、おれ多分この人(パン)よりは友達多いかな、人とかいるから、と目をそらしつつ、化粧品がごっそり陳列されているのを見て立て続けに萎えるミヤモト。ねえ工具はー?


その後ペットウォーカー的なフリーペーパーの置いてあるペットコーナーを経由して、アクアリウムウォーカー的なフリーペーパーの置いてある水棲ペットコーナーを経由して(どちらも角川出版の本物でした)、隅っこにちょこんとあった工具コーナーに到達。

電動ドリルのビットを眺めて興奮している側で何故か、お試し展示用の高圧洗浄機(こんなの↓)

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が、勝手に作動したりしてました。わりとびびりました。


これ、ホントにホームセンターか?と思いつつ、めげずに店内を回ると突然電動マッサージ機能付き座椅子を発見。


超いい!

超いい!



椅子タイプのマッサージチェアよりもむしろ日本人の姿勢に合う気がします。

本日一番の収穫でした。あれいつか買うかもしれない。


座椅子にすっかり心を乱されたミヤモトはその後、すっかりただの量販店に来た気分で徘徊。


気を抜くとこんなんが出てきます。

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夏なので、蚊取り。


ポケモンにしか見えませんほんとごめんなさい。


花火コーナーには

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ドラゴンドラゴン。塚地さんとかいるんですかね?


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噴出キュート。

なんというか、噴出からキュートまでの間に距離を感じるのは私だけでしょうか。


寝具コーナーには

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こんだけあって1コも合ってないんかい!

ほんと、怒られるよ?


と、散々でした。

当然机の材料など見つかるわけもなく、前後カゴ付きのママチャリで手ぶらのまま帰途につくものの、途中道を見失って軌道修正したりしてるうちに、なにやら怪しげな場所に差し掛かりました。

地元を走っているはずなのにここは一体?

と思って進んでいると、

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なんと飛行場。


あー調布飛行場かあ。


府中市民暦30年、飛行場を裏側から見るのは初めてだったので分かりませんでした。

今回分かったんですが、ここ裏側が本格的な飛行場だったんですね。

表側、なんだかグラウンドとかばっかりだったのですっかり旧飛行場だと思っていたのですが、現在も使える様子。

その証拠に

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ほら。

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ほら。

当然ターミナルもありました。

神津島とかに行けるらしいです。


飛行場は思っていたよりも格段に広く、代々木公園くらいのでっかい公園が併設されていました。

ワンちゃんとかがいっぱいいて大変なステキ公園でしたので、ここは改めてレポートに来ることを約束いたします。


しかし、ママチャリとチャーター機で、自宅から神津島に行けるのか…。

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2010/08/05

知っていますか?



最近写真撮りに行ってない…





お給料が入りましたので。

ついに買ってまいりました。


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Casa BRUTUS特別編集号。


丹下健三特集です。



いいっ!


改めて感じました。

坂倉・丹下・磯崎。

ミヤモトのベスト日本人建築家3認定です。


決めました。今後は人に聞かれたら必ずこの三人が大好きだ!と公表します。



で、丹下健三先生ですが。


えー、一言で申しますと大変偉大な建築家です。


To243tokyo 東京都庁舎を始め、


20090325235158 国立代々木競技場、


Rimg0164_2 赤坂プリンスホテル、


Omotesando_architecture2_02 ハナエ・モリビル、

22857p051_03_n 新宿パークタワー、


2005121613265013_2 フジテレビの本社ビル、

などなど…

誰でも知ってるあの建物の数多くを手がけた、日本のモダニズム建築を世界的に有名にした第一人者です。


そんな人を「大好きだー!」と大声で叫ぶとどうしてもミーハー的な目が厳しいですが、でもやっぱり、多くの人に認められるからこそ有名なんだと思います。胸を張って大ファンをアピールしていくことにしました。


もっとも、丹下以前の日本のモダニズム建築も、既に西洋と比べて遜色のないクオリティではあったのですが、世界から対等の存在として認知されているか、という点において課題が残っていたわけです。


そこへきて丹下先生、広島ピースセンター計画の発表で国際デビューし、東京オリンピックの屋内総合競技場、日本万博マスタープラン、新都庁舎設計、と国家レベルのプロジェクトを次々発表し、世界に認められる日本建築の礎を作っていきました。


すごいのは、別に大きなプロジェクトをみんなこの人がやったから、ではなくて、丹下建築の根底にそもそも日本的なものへの深い理解があったからこそ、という点です。

都庁の先っぽや代々木競技場の微妙な曲線、フジテレビの球体周辺などに見られる、独特の直線の積み木シルエットなどは、まさにその応用としてのコンクリートによる木造の柱や梁を思わせる繊細な表現と空間構成の原理といえるでしょう。


モダニズム建築という、世界的な土俵で日本的なものに根ざした強さを示すことができた、というのが丹下建築の強みであり、最大の魅力ではないでしょうか。


そんなわけで丹下先生大好きっ子のミヤモト、数週間前に出たこの本を、給料日前につき我慢して我慢して、先日バックナンバーの置いてある本屋を探して探してやっとこ購入したわけです。



各駅停車DX、建築トピック多めでお送りしております。

大変ご迷惑とは思いますが、そのうち磯崎新特集、組みたいと思います。ふぇっふぇっふぇっ。

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2010/08/01

実は10人くらいしか知らない

大分でハタチ過ぎの店員が、小学生に混じって映画館に行く中、

なんとミヤモト、今更ですがポケモンにハマッています。

今となっては世界的なアイコンとなったピカチュウが牽引する、いわずと知れた日本のNo1カルチャーですが、

実は昔、超やりこんでました。

今はもうDSにその活躍の場を移し、4シリーズ5シリーズと続編を出しまくっていますが、その初代のシリーズ、実は発売前にCMが放映されていたのをご存知でしょうか。

よう知らんタレントが公園のベンチに座っているじいさんに向かって「私のモンスターと、とりかえっこしない?」とか言う、何かそんな感じのCMだったのですが、

ミヤモト当時、そのCMを見て購入を即決意しました。

何がそうさせたのかは謎です。

ともあれ、発売のかなり早い段階で購入したミヤモトはその後めきめきモンスターを捕まえては育て捕まえては育て、赤を買い緑を買い青を買い銀を買い金を買い、そしてクリスタルを買ったところでその歴史に終止符を打ちました。

「とにかく強いポケモン軍団を作る」を目的に、とにかく集めて育てていたので(この考え方はポケモンの世界ではよくないとされているのだが)、最終的にLV100のミュウツーが6匹くらいいた気がします。

そんなロケット団も真っ青のミヤモト、先日部屋を片付けていたらソフトとゲームボーイが出てきたので、

おっ

と思い電源を入れてみたところ、

まさかのデータ消えていた事件発生。

ソフト内の内臓電池が切れていたらしく、あんなに必死で育てたのに、まるで新品を購入したように一切のデータが…。

あの中には…

HP400超えのミュウツーがいたのに…

吹雪が15回使えるLV100のミュウがいたのに…

育てたものの、微妙に使えないので見捨てたセレビィがいたのに…

可能性を測るために、いろんな技を覚えさせて試験教育していたルギアが5匹くらいいたのに…

それ以来、あの喪失感が忘れられず、ついにこの間『緑』を再プレイ。

4日かけてやっと一通りクリアして、後はミュウツーを捕獲するのみ。

因みにメンバーは

Photo

大島:ピカチュウ

小嶋:ゲンガー

篠田:フーディン

前田:フシギバナ

高橋:ラプラス

板野:ピジョット

はっきり言って、よくこのメンバーでクリアできたと思います。高橋にいたっては手に入れてから全くLVが上がっておりません。小嶋と篠田が超使えます。今総選挙するならダントツ1・2位です。

とりあえずミュウツーまで行ってマスターボールでさくっと捕獲した後、赤をプレイ、その後大人の実力でミュウを出して金・銀・クリスタルとこなし、かつての戦力を復活させるところまでは行こうかと思っています。その後のシリーズについては初体験につきハマッてしまいそうなので、手を出すかどうか微妙なところです。

もはやちょい飽きてきてますが。

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